孫を見るような笑顔で「たくさん食べなさい」

当時のスタッフと稲盛さんの話をすると、必ず出るエピソードがある。アナウンサーと稲盛さんが対談した日。京セラの迎賓施設「和輪庵」で半日近くかけて収録した後、稲盛さんから急遽、食事のお招きを受けた。こうしたケースは稀だそうだ。

京都のなじみの店だという中華料理店で食卓を囲んだが、緊張していて正直、あまり味は覚えていない、稲盛さんは飼いネコ「くーちゃん」の愛らしい話をされ、お酒もあってざっくばらんに会話させてもらっていた。食事の場には、当時二十歳過ぎのカメラ助手(※写真の前列右下が助手、後列真ん中が筆者)がいて、彼は人生で初めてフカヒレというものを口にし「むちゃくちゃ美味しいです!!」と感激の声を上げていた。すると円卓の対面にいた稲盛さんが目を細めて「それはよかったです。たくさん食べなさい。遠慮しないでたくさん食べなさい」と、孫を見るようなやさしい笑顔で、彼に何度も何度も声をかけていた。その助手は成長して今はカメラマンとなり、日々ニュース現場を駆け回っている。

11月の「お別れ会」で、稲盛さんと交友のあった建築家の安藤忠雄さんやiPS細胞研究所の山中伸弥教授などに話を聞くと「厳しい方だったが、本当に優しい人でもあった」と皆、口を揃えた。私が取材した晩年の稲盛さんは穏やかな印象が強いが、経済記者として、“厳しさ”が前面にでていた時代の稲盛さんをも取材してみたかったとは思う。もちろんそれは叶わないのだが。多くの人を惹きつけた唯一無二の人物は、企業家である前に「人として何が正しいのか」という問いに正面から向き合い、困難を乗り越えてきた。それをわかりやすく言葉にすると“がんばろう”。改めてこれからもがんばろうと思う。

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