「こんなに生徒が泣く授業ははじめて」。その道30年超のベテラン教師がうなる授業がある。授業のタイトルは「最後だとわかっていたなら」。岩手県の地方紙「岩手日報」のキャンペーン広告「最後だとわかっていたなら」を目にした全国の教師たちが、それをいわば「勝手に」題材にし、同時多発的に始めた道徳の授業だという。
東日本大震災から15年が経過しようとする今、風化に抗うかのように、その授業は「心理的防災」にもつながっていくという。どんな内容なのか、なぜ子どもたちの心を動かすのか、取材した。
(TBSテレビ報道局社会部 青木芽生)
「最後だとわかっていたなら」
「ごめんなさい」。男性が泣きながら受話器に向かって話し始める。その受話器に電話線はつながっていない。震災などで亡くなった大切な人と話すため、岩手・大槌町に置かれた電話ボックス「風の電話」。15年前の3月11日、男性は、出かけるのを見送ってくれた母とのやりとりを思い浮かべ、風の電話に語りかける。
「あの日、急いでる僕の身を案じて『急ぐなよ』って声をかけてくれたのに、何も返事をせず少しイラッとした感じでそのまま・・・ごめんなさい」。
それが最後の別れだった。その日の午後2時46分、震災が起きて母は亡くなった。男性の「後悔」に胸が締めつけられる。
これは、岩手日報が2024年に公開した動画の一場面だ。岩手日報は被災者のこうした声を集め、2017年から動画や紙面でキャンペーン広告として毎年紹介してきた。「大切な人に大切なことを伝えられないまま別れてしまった」そんな後悔を抱える人がいること、「明日が来るのは当たり前ではない」ということに改めて気付かされる。
企画に携わった岩手日報総合ビジネス局の柏山弦さん(52)は、地元の新聞社としてどうしたら風化に抗えるかを考えた末にこの取り組みを始めたと言う。
「3月11日を『大切な人を想う日にしよう』と呼びかけました。署名活動を始めて「県民の日」を目指そうと。2021年2月、震災10年にあわせて岩手では条例化され、3月11日は「県民の日」になりました」
ただ当初は、被災地の新聞社としての葛藤もあったという。柏山さんらは、ある一編の詩を紙面に載せるかどうか悩みに悩んだ。

















