死刑囚たちに慕われた岡田中将

東海軍司令官 岡田資(たすく)中将(1937年時 当時は大佐)

名古屋市におかれた東海軍の司令官、岡田資(たすく)中将は、BC級戦犯の中ではスター的な存在で、大岡昇平が著書「ながい旅」でとりあげた人物だ。岡田が率いた東海軍でも約40人の米軍機搭乗員が殺害されているが、岡田はすべて自分の責任だとして部下をかばい、一人だけが死刑になった。処刑の実行役は誰も死刑にはなっていない。横浜軍事法廷の公判では、「米軍機の無差別爆撃こそ国際法違反である」と主張して「米兵を斬ったのは、空襲への報復ではなく、処罰である」と言っている。日本各地の空襲での被災状況が証拠提出され、名古屋市の空襲では軍事施設ではなく孤児院が標的となったことや、列車への機銃掃射で民間人が犠牲になったことなどが、現場を目撃した民間人の証人の口から明らかになっている。

日蓮宗の信者だった岡田は、スガモプリズンの死刑囚の棟で信仰活動の中心人物となり、訪問の時間には、冬至のほか多くの死刑囚が講話を聴きに訪れた。その岡田が連れ出されたのである。