「60%」の状態でもプロとして結果を出した鈴木

一方の鈴木は今回が、マラソンとしてはプロ初戦。セカンド記録を更新すれば、上位2パフォーマンスの合計タイムで大迫を上回ることができたが、2時間06分09秒はサード記録だった。

だが今回の鈴木は「60%の状態」だったという。体調の良し悪しでなく、目指す走りの動きという見方をしたときのパーセンテージだ。上半身のリラクゼーションがしっかりできている状態で、それでも腕振りを推進力にできることが鈴木の理想とする走りだ。東京マラソンのレース後にも「もう少し上半身に力強さが欲しいというか、上半身と下半身の連動もそうですけど、もうちょっと筋力も付けていきたい。今はシューズの進化もあるので、自分の動きと上手くはめて行きたいのですが、もう少しかな」と話している。

鈴木は昨年10月、富士通から独立する形でプロになった。自分のスタイルでマラソンを極め、一度も代表になっていない五輪で活躍する。その思いが強かった。特にトレーニング面では、駅伝とマラソンを上手く両立させることができなかった。同じチーム内には駅伝と個人種目、マラソンを両立させる選手がいたが、自分はそれができるほど器用ではない、と7年間を過ごして結論を出した。

鈴木健吾選手

練習メニューや合宿場所など、トレーニングは鈴木自身が考え、実行している。スポンサー獲得は、自らプレゼンテーションを行った。神奈川大時代に鈴木を指導した大後栄治氏(関東学連副会長)は、今はアドバイザー的な関わり方だが、鈴木の変化を次のように話している。

「1回1回の練習を集中してやるようになりました。多くの方の支援やスポンサーもついていただき、感謝の言葉をしっかりと口にしています。心のこもった対応をしていますね。マラソン代表を目指す自覚が高くなっています」

大後氏も今の鈴木の状態は「7割」だと見ていた。東京マラソンでそれ以上の走りができたとしたら、日々の練習への向き合い方や、トレーニングの新たなスタイルが功を奏した結果だと考えていた。東京マラソンに向けての練習で、40km走プラス1kmと45km走を中2日で行ったりしている。一般的には40km走を行うことが多いが、鈴木はプラスアルファを加えている。「狙いは健吾本人でないとわかりません」と大後氏が言うくらい、鈴木自身のオリジナリティが出始めている。

鈴木が前日本記録を出したのが21年2月28日。それから5年と1日後に、プロとしての初マラソンを走った。レース前に「できれば自己記録の更新」を目標としていたが、最低限の目標であったMGC出場権は獲得。今回の結果にはホッとしている部分もある。

「独立して初めてのマラソンだったので、自分の中では大切に走りました。そういう意味では良いスタートが切れたと思っています。記録的には成長のない5年間ではあるんですが、苦しい時期や、試行錯誤してやる時期も多くあったので、そういう時期ももう一度ステップアップするために必要な時間だった。そう思えるようにこれからやっていきたいです」

30歳はプロ選手のスタートとしては、遅いのかもしれない。だがマラソン初戦の結果で、鈴木はプロ選手としてのスタイルやトレーニングが、順調に進んでいることを実証した。遅咲きプロ選手として、早い段階で開花することが期待できそうだ。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)