ヨーロッパでの洗礼:ピアスとパーマ
1981年12月16日、私は1人でヨーロッパへ向かいました 。しかし成田に着くと、パリの空港が大雪で閉鎖。いきなり1人でホテルに泊まる羽目になりました 。当時は携帯電話もなく、連絡も取れません 。
1日遅れでパリに着くと、迎えに来るはずの母の友人がいません 。困り果てていると、私が昔描いた絵を掲げているおじさんがいました 。恐る恐る近寄って「これは私の絵です」と伝えると、そのおじさんに連れて行かれ、なんとかリヨンに住む母の友人の元へたどり着きました 。
リヨンではクリスマスの集まりがありましたが、私は熱が出て寝込んでしまいました 。出された得体の知れないアルコールと蜂蜜の薬を我慢して飲み、なんとか回復しましたが、そこでさらにカルチャーショックが続きます 。
プレゼントとしてピアスをもらったのですが、「耳に穴が開いていないなんて! 赤ちゃんのときにやり忘れたの?」と、無理やり美容室に連れて行かれ、ガチャンと穴を開けられてしまいました 。さらに「14歳ならもっと大人っぽくしなきゃ」と、松田聖子風だった私の髪型を、ベルサイユのばらのような強烈なパーマに変えられてしまったのです 。私は日本に帰って先生に「私は被害者なんです」と説明しようと諦めました 。














