俳優の藤原紀香さんが、自身のインスタグラムを更新。亡くなった父との思い出を綴りました。


藤原紀香さん インスタグラムより引用


藤原さんは、「天に旅立った父は、絵に描いたような昭和の頑固おやじでした」と、偲び「大学生になっても私の門限は夜十時。門限を少しでも過ぎようものなら、木刀を持って玄関の前で仁王立ち。口答えをすると家に入れてもらえず、当時飼っていた大きな黒ラブの犬小屋で寝たこともあります。――実話です。(笑)」と、学生時代のエピソードを綴りました。


藤原紀香さん



大学生の頃に、芸能活動を始めた際は猛反対され、上京を決意すると「出て行くなら、もう二度と帰ってくるな」と決裂したとのこと。

しかし、迎えた上京の日は、「トラックを用意したから、荷物を積むぞ」と、父が自ら軽トラックを運転し、兵庫の自宅から東京のアパートまで、家財を運んでくれたことを振り返りました。

その道中、「父は一言も話さず、私も何を話せばいいのかわからないまま、何時間も無言のドライブが続きました。」と綴り、「二人で黙々と荷物を運び終えた帰り際、父は厳しい口調で、ただ一言。『鍵、閉めろ。戸締りだけは毎日しっかりしろ』。そう言い残し、再び兵庫へ帰っていきました」と、回顧。

続けて、「あの時、『ありがとう』と言えなかったけれど、無言でハンドルを握り続けた父の横顔と、あの戸締りの言葉は今も忘れられません。不器用で言葉少ない、けれど確かな愛情と、娘を一人の人間として送り出す、父の覚悟だったのかな」と、不器用ながらも愛情深い父の想いを汲んでいます。


藤原紀香さん インスタグラムより引用


その後、芸能界をスターダムに駆け上がる藤原さんですが、「父がまだ心から応援してくれていないのではと不安もありました」と、当時の心境を吐露。

そんな中、2000年頃に開催した500人のファンと沖縄へ行くイベントに、両親を招いたことを明かすと、「飛行機嫌いの父は震えながらも搭乗し、会場ではファンの皆さんに接するたび、『紀香をよろしくお願いします』と頭を下げてくれていたと、後から母に聞きました。」「そして、『500人の皆さんと一緒にジャンボに乗る会なんて、なかなか無いらしいぞ〜』と、誇らしそうに話す父の笑顔は、今も心に焼き付いています」と追想し、親元を巣立った娘を応援し続けた、父の慈愛に思いを馳せました

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