「地面すれすれを飛ぶ訓練」も・・・実践で経験を積む余裕はなかった
「普通、超低空というと50mくらいです。でも我々は20m以下でした」
襲撃機の訓練。徹底的に教え込まれたのが超低空飛行だった。思わず息をのむ。
「地面すれすれを飛ぶ訓練です。爆撃も、急降下も、全部やりました」
訓練期間を終えた証として、操縦手帳を受け取ると一応は一人前とされた。しかし戦況は悪化し、実戦部隊で経験を積む余裕は、もはや残されていなかった。
【第2話】「飛び立ったら、もう帰れない」16歳の少年はなぜ特攻を“熱望”したのか 紙一枚で迫られた選択と“最後の語り部”明かす死への覚悟
【第3話】出撃当日に届いた終戦・・・死を覚悟した16歳の特攻兵は「頭が真っ白に」 最後の語り部が語る戦争のむなしさと思い「平和ボケでいい」
【上野辰熊さんプロフィール】
上野 辰熊(うえの たつくま)さん 97歳
1928(昭和3)年3月、山口県生まれ。
1943(昭和18)年10月、陸軍少年飛行兵として大刀洗陸軍飛行学校に入校、基礎訓練。
1944(昭和19)年4月、正式に任官し、京城教育隊へ配属。「赤トンボ」による飛行訓練。
1944(昭和19)年8月、九九式襲撃機の搭乗員となり、訓練や特攻機輸送などに従事する。
1945(昭和20)5月、鹿児島県の万世飛行場で沖縄航空作戦中の飛行第66戦隊に転属。
沖縄戦が終結したため、7月に福岡県の大刀洗北飛行場へ転属。本土防衛への出撃に備える。
8月、終戦を迎える。
終戦後、部隊は解散し、山口県の叔父の家で生活を送る。
現在は、飛行第六十六戦隊会連絡事務局長、万世特攻慰霊碑奉賛会(万世特攻平和祈念館・鹿児島県南さつま市)常任理事、陸軍少飛平和祈念の会 会長を務める
写真:帰還者たちの記憶ミュージアム 所蔵
今江大地(STARTO ENTERTAINMENT)が特攻隊員を演じる舞台「パイロット」。特攻隊員の目線で平和をテーマに、大戦中と現代の日本を表す。2月18日(水)から24日(火)まで、東京「赤坂 RED/THEATER」で。














