やがて指揮者にあこがれるようになった理由とは

米田さんは、現在、千葉県松戸市在住。東京都交響楽団をはじめ静岡や大阪など、全国のオーケストラで指揮を振っていますが、コンクール優勝後は、海外のメディアでも取り上げられる機会が増えたといいます。クラシック界から今、熱い視線が注がれている米田さん。

その音楽家人生の原点は、4歳のときに岡山で習い始めたピアノでした。

(米田覚士さん)
「姉がピアノを習っていたので。姉がピアノを練習しているのを、僕が邪魔をしていたみたいで。邪魔をしているから『きっとこの子もピアノが弾きたいに違いない』と、両親はその時に思ったみたいですね」

人前で演奏を披露するのが好きだったという米田さん。小学生になると、合唱団やジュニアオーケストラに所属し、ピアノを続けながら歌や打楽器にも挑戦しました。

そして、ピアノの腕を武器に岡山城東高校の音楽学類に進学。演奏会を重ねる中で、いつしか「指揮者」への憧れを抱くようになったといいます。

(米田覚士さん)
「大人数が一つのものを作り上げるために向かう方向性みたいなものが、段々と出来上がってきた時の高揚感に特別なものを感じて。もちろんずっとピアノも並行してやっていたので、それはそれで楽しかったんですけど。なにか、同じ音楽、同じクラシックでもちょっと違う魅力みたいなものを感じて…」

大人数で構成されるオーケストラ、そしてそのリードをする「指揮者」という役割に惹かれたといいます。高校卒業後は、東京藝術大学の指揮科で指揮法を学びました。

(米田覚士さん)
「一人一人がそれぞれの役割を持っていて、一人一人が同じ方向に向かって一つのものを作り上げるっていう。その何十人、何百人で作り上げて何千人に届けるという。団体で何かを作り上げる面白さみたいなところが一番魅力を感じるところですね」