【比丘尼町、声取坂町・・・消えた地名】
写真に写っている一帯は、今は「水道町」と呼ばれています。しかし古くは多くの小さな町にわかれていました。
熊本市が公開しているリストには、現在の水道町にかつてあった町名として、「明円寺町」「一番被分町(いちばんわかされちょう)」「黒鍬町(くろくわちょう)」といった耳慣れない名が並んでいます。
なかでも変わった町名が「比丘尼町(びくにちょう)」。現在米白餅本舗や明円寺がある150m×30mほどの狭い地域が、1965年(昭和40年)の町名変更まで、こう呼ばれていました。比丘尼とは出家した女性、つまり尼さんのこと。なぜそんな町名になったのか、由来はよくわからないようです。

そして電車通りの南側にあったのが「声取坂町(こえとりざかまち)」。この付近の白川は瀬の音が大きく、大きな声を出さないと会話できないような場所だったそうです。そのため、白川に下りる坂道で寒い時期に「寒声を取る」と称して大声で詩吟や謡曲の練習をする人が多かったことから、ここを「声取坂」と呼ぶようになりました。
(※ 肥料用の「肥(こえ)」をここで集めていたことから「肥取り」と呼んだという説もあります)
<参考文献>
「新熊本市史」(熊本市)
「熊本市 新・旧町名対照表」(熊本市地域政策課)
熊本地名研究会「熊本の消えた地名」(熊本日日新聞社)
中村裕之「熊本市電が走る街 今昔」(JTBパブリッシング)













