ハンセン病の母親を嫌う自分もいた

10歳の時、熊本にいた母親がハンセン病療養所「奄美和光園」に移ってくると、人目を忍んで度々通った。食事にありつけることが何よりも嬉しかったからだ。

夏休みや春休みになると寝泊まりして、ここで過ごした。
母親に会える喜びもあったが、一方で、ハンセン病を嫌う自分もいた。

(奥 晴海さん)
「やっぱり『うつるから寄るな』って母を嫌った私がいたからだろうと思う。昼間は、母の部屋にいて、周囲の人が遊びに来たりする時は、人の前だから笑って見せるけれど、夜寝るってなった時に、1つの布団の中で寝る時に、絶対に寄れなかったから」

家族訴訟の判決を前に、晴海さんの思いは。

(奥 晴海さん)
「自分の心の中に染み付いた傷だけは一切消えないので。そこだけは国にわかってもらいたいと私は思っていますよ。やっぱり納得できない部分が心の中に何か残ってるの。やっぱり拭えないものがある。そこだけはわかってほしい」

【2019年4月の映像より】