奄美大島での過酷な暮らし「水やソテツの実で飢えを凌いだ」
激しい差別で熊本を追われ、鹿児島県奄美大島に暮らす親戚に預けられた。8歳の時だ。
(奥 晴海さん)
「もう本当にどん底に落とされた気持ち。なんていうのか、何か暗闇にドーンと突き落とされたような感じがしましたよ」
奄美大島でも、「ハンセン病の子ども」と蔑まれたという。
(奥 晴海さん)
「本当に迷惑な子がここに来たみたいな感じになっていたのも、子供ながら、顔を見たら分かりましたよ。自分自身が島の言葉もわかってきますからね。だから『ああ、やっぱり、顔があんなときは私のことを嫌なふうに言ってるんだな』っていうことが全部読み取られて」
貧しかった親戚の家では、働き手として容赦なく扱われたという。3度の食事もままならず、水やソテツの実で飢えを凌いだ。高熱にうなされてもほったらかし。自分の境遇を恨むしかなかった。
(奥 晴海さん)
「一番嫌なことは、親戚のおばちゃんのとこに『お金借りに行ってこい』といわれた時が一番嫌で、あの頃は100円、200円借りるのが精一杯だったけどね。だけど行かなければ怒られるので、あとは嘘を覚えて、『行ったけどいなかった』といって帰ったことなんかもうたくさんありましたよ。この話を人にするとは夢にも思わなかった」














