田中角栄氏の元秘書官が語る 解決には“日本から行動を”

中国側の反発を招いた高市総理の発言は、台湾有事をめぐるものだった。

高市総理(7日)
「台湾を完全に中国政府の支配下に置くようなことのために、どのような手段を使うか」

現在の日中関係の出発点となった1972年の「日中共同声明」も、最大の焦点は台湾だった。

田中角栄総理(1972年当時)
「誰がやっても困難な台湾問題とか難しい問題は、自民党や政府がやり、日中の国交正常化は不可避だというのが、おおよその世論だろ思う」

国交正常化は台湾(中華民国)との断交を意味する。

当時の田中角栄総理の秘書官だった小長啓一氏はこう話す。

小長啓一氏(田中総理の秘書官 1972年当時)
「有力な議員、岸(元総理)さんと福田(元総理)さんは、『行くな』『今行くのは早い』と。台湾に蒋介石総統が健在であると。自民党の内部手続きを踏んでから、結果的に『ノー』となるかもしれない。リスクは全部自分(田中総理)が被るというかたち。それが『世紀の決断』と」

日中共同声明では、「中国は、台湾が中国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する」「日本は、この中国の立場を十分理解し、尊重」などと記された。

中国側に配慮しながら、曖昧な表現で合意した形だ。

日下部正樹キャスター
「“台湾問題を認識しつつ、中国側を刺激しない”ことが大切というのが基本にあったと」

小長啓一氏(田中総理の秘書官 1972年当時)
「日中国交正常化を何としてもやり遂げなきゃいけない。そのために台湾問題が障害になってはいけない。曖昧・抽象的な言葉による解決だったと思います」

国交正常化から50年余り、中国側は今回の高市発言に反発を強めている。

小長氏は、日中共同声明に立ち返った上で、日本側から行動を起こすべきだと訴えた。

小長啓一氏(田中総理の秘書官 1972年当時)
「このまま放っておくと、日中関係がおかしくなっていく。双方、硬直しているままで、新しい展開はなかなか見えてこない。ここで新しい展開を日本側から示していく。高市さんに期待したいですね」