余命宣告を受けた母「よくて1年半」

家族とのエピソードは、中江さんが作家として執筆した小説『水の月』の誕生秘話にも繋がります。「もう2度と書けない作品」だと紹介したこの小説。2019年の夏、小説の連載依頼を受けた直後、実の母親が膵臓がんのステージ4であると診断されました。

中江有里さん:
「手術はもうできない。抗がん剤を使っても、良くて1年半、何もしなければ半年で亡くなるという医者の見立てでした」「この『水の月』を書く時に、自分がこの母の病気に対して、少し客観的な視点を持ちたいと思いました。小説の中に、母の病気とその時間の流れを、そのまま取り入れてみようと。母にも了解を取って書きました」

しかし、病気の進行に加え、新型コロナウイルスの感染拡大が重なり、母親になかなか会えない日々が続きます。そして、連載が始まってしばらくして、母親は亡くなりました。

中江有里さん:
「実際この小説の中でも母は死ぬんですね。ここに書いている母のエピソードというのはほとんどそのまま、自分が経験したことを書いてます」

「痛みとか苦しみは忘れてしまいたいものでもあるんですが、でもやっぱりその痛み、苦しみと共に感じた感情は置いておきたい…」

「痩せていく母の姿を写真には残せなかったけれど、文章は「記憶の中の、残しておきたい部分だけ残す」ことができる」