候補作が売れる異変と出版界の取り組み

もう一つ指摘したい現象は、芥川賞・直木賞にノミネートされながら賞に選ばれなかった候補作が売れている、ということです。直木賞の候補作は6作あったのですが、うち新潮社の『乱歩と千畝』など5冊は売り上げが伸びて重版され、早川書房の本も重版までは至っていませんが、よく売れたといいます。芥川賞でも候補作4作のうち2作が重版されているのです。

もちろん、大きな賞の候補作ですからいずれも優れた作品であり、売れることに何の疑問もないのですが、通常であれば受賞作がすごく売れて、候補作はまあまあという感じだと思います。二つの賞で該当作なしとなったことが大きな関心を呼んだこともあるのでしょうが、書店も候補作の売り場を作るなどして頑張ったことは間違いありません。

さらに、新潮社が運営するサイト「ビッグバン」で直木賞候補作の全6作を試し読みできる企画をしたことも大きかったと思います。6作のうち新潮社の作品は2作ですので、ほかの出版社も協力して実現したということですから、大変画期的といえると思います。このように、読者、書店、出版社がそれぞれいろんな取り組みをしたからこそ、候補作が売れたのだと思います。

昨年、毎日新聞出版から出した『水車小屋のネネ』という本が本屋大賞の2位に入って販売部数は10万部を超えました。1位の『成瀬は天下を取りにいく』はもっともっと売れましたので、「やはり1位と2位は違うね」という話にはなったのですが、今回の動きをみれば、問題はそこだけではないということです。

伝統的な芥川賞などの賞は主に作家が選ぶ賞で、プロの目で見てその質などを見極めて出す賞といえると思います。書店員が絡む賞も、いってみればプロが選んだといえます。新聞の書評欄も参考になりますが、これもプロおすすめの本。

一方で「かってに芥川賞・直木賞」はちょっと趣が変わってきます。必ずしもプロではない読者の側から自分たちの本を選ぼうという、違うベクトルの動きはとても貴重なことだと思っています。

書店や図書館に行って、ちょっと気になった本を手に取ってみるというのも楽しいものですし、自分ならどんな本を評価していくかというアプローチも興味深いものです。文学賞の話から入りましたが、この読書の秋、いろんな情報に触れながら、お気に入りの1冊を探して、また薦めてみてはいかがでしょうか。

◎山本修司

1962年大分県別府市出身。86年に毎日新聞入社。東京本社社会部長・西部本社編集局長を経て、19年にはオリンピック・パラリンピック室長に就任。22年から西部本社代表、24年から毎日新聞出版・代表取締役社長。