「思わず出ていた」黒川検事にお礼の言葉

企業に対して、さまざまな要求を求める政治家はたくさんいるが、「儲けさせろ」だけでは
証券取引法違反の「要求罪」にはならない。新井の場合は側近の秘書らが要求するのではなく、新井本人が直接、証券会社の役員や担当者に要求していたことが、他の政治家と大きく違う点だった。

特捜部は「大蔵省OBの肩書、議員バッジを背景に、株式本部長のHに直接、利益要求している点などから『要求罪』の構成要件を満たしている」と判断した。

ある自民党秘書はこう振り返る。

「新井は大蔵官僚出身のエリートで、人に頭を下げるのが嫌いだったと思う。一匹狼なので側近もいなかったのではないか。だから自力でカネを捻出しようと、株取引に頼った。その分、無理した面もあったのかも知れない」

そして黒川はついにHから、核心に迫る自白を引き出すことに成功した。

「新井議員の依頼で新橋支店に西田名義の『借名口座』を開設し、自己取引で利益の確定した取引の付け替えをするなどして利益を提供した」

粂原は黒川から「H元常務が自白した」との連絡を受け、こう思った。

「これでやっと新井に対する証券取引法違反の主な証拠が揃ったと思い、黒川検事に『ありがとう』とお礼をいったことを覚えている。私は、検事をしているとき、仕事上であまり人を優めたり礼をいったりしなかったが、このときは思わず黒川検事にお礼の言葉が出ていた」(粂原)

その後、特捜部は本格的に日興証券役員、名義を使われた西田、それにHオーナーら関係者の取り調べなど証拠収集を進め、新井の容疑を固めた。そして国会開会中に議員を逮捕するための「逮捕許諾請求」の手続きを開始した。

国会議員本人の取り調べは、伝統的に特捜部の副部長が担当することになっている。
そのため、粂原も「逮捕後はさすがに自分ではないだろう」と考え、上司である山本修三副部長が新井の取り調べにあたるものと見ていた。

新井の逮捕に備え、粂原は「少しでも役に立てれば」と、取り調べの想定問答をまとめた分厚い「Q&A」と、証拠関係を整理した一覧表を作成し、山本に手渡した。

ところが、山本から返ってきたのは、「新井逮捕後も引き続き、取り調べを担当せよ」という意外な指示だった。

「資料の出来が悪かったせいかどうかはわからないが、結局、新井逮捕後の取り調べも私が担当することになった」と粂原は振り返る。

新井の証券取引法違反容疑はほぼ固まり、残されたのは、国会会期中に「逮捕許諾」を得るための手続きのみとなった。

新井議員に利益提供をしていた日興証券(現SMBC日興証券)