実は他にも浮上していた「大物国会議員」
実は粂原ら東京地検特捜部「政界ルート特命班」が捜査を進める過程で、捜査対象になっていたのは、新井将敬だけではなかった。
一人は、ある大臣経験者だった。
多額の政治資金を「政治団体」から引き出しては株取引に使用し、儲けは個人の財布に入れて、資金を「政治団体」に戻すという行為を繰り返していた。明らかに「政治資金規正法」に抵触する行為である。
また別の大物国会議員の秘書を調べたところ、株取引で大きな損失を出している口座が見つかった。しかし、現金による出し入れだったため、資金の流れを追い切れず、裏に隠れた事実にたどり着くことができなかった。
さらに大手証券会社の「政治家・官僚担当」の部署の部長が、会社の資金を貯め込んでいることが分かり、「贈収賄事件につながるワイロの原資ではないか」と見て調べたところ、自分の株取引に流用していたという笑えない事案が判明したという。
こうした複数の「政界ルート」のなかで、特命班は違法性が明確で、立件できる証拠が揃うかどうかを見極め、ターゲットを「日興証券ー新井将敬ルート」に絞り込んでいったのである。
粂原には常に心掛けていたことがある。
「捜査は、いつもうまくいくものではない。だからといって、先が予測できる事件しかやらないとか、苦労が報われない事件はやらないということでは、捜査のおもしろさ、苦しさ、それを乗り越えたときの感動や、やり甲斐を理解できるようにはならない」
「検事になったからには、警察などの第一次捜査・調査機関からの事件を右から左に処理するだけでなく、そういった事件でも、深く掘り下げて真相を解明する努力を積み重ねる。
その努力によって、いずれ自分の手で巨悪(政治家など)を捕まえることができるような能力、技術を身に付ける。やるべき事件がいざ顕在化したときに、思う存分実力を発揮できるよう準備をしておく」
新井将敬事件に話を戻す。
粂原率いる東京地検特捜部政界ルート「特命班」は、地道な「ブツ読み」で糸口をつかみ、半年以上にわたる粘り強い捜査の末、ようやく新井将敬に対する逮捕許諾請求にまで到達した。
しかし、その直後、誰も想像し得なかった出来事が待ち受けていた。
(つづく)
TBSテレビ情報制作局兼報道局
ゼネラルプロデューサー
岩花 光
《参考文献》
村山 治「安倍・菅政権vs検察庁」文藝春秋
猪狩俊郎「激突」光文社
読売新聞社会部「会長はなぜ自殺したか」 新潮社
村山 治「市場検察」 文藝春秋
村串栄一「検察秘録」光文社
産経新聞金融犯罪取材班 「呪縛は解かれたか」角川書店
伊藤 博敏「黒幕」裏社会の案内人 小学館