戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。太平洋戦争の後、沖縄と同じく鹿児島県の奄美群島も日本から切り離され、アメリカ軍に統治されました。高校生たちが演劇で伝える奄美の「苦難の歴史」とは?

「米軍統治はまちがいだ」

7月。文化部のインタ―ハイ=全国高校総合文化祭で鹿児島の高校生が演じた創作劇。太平洋戦争の後、アメリカ軍に統治された奄美大島の人々の物語です。

奄美は統治の間、本土との行き来が制限され、食糧難や物資不足に。奄美の人たちは、署名、集会、断食といった非暴力の運動を続け、8年後に祖国復帰を果たしました。

劇を演じたのは、鹿児島県本土の高校生たちです。

奄美大島出身 須納瀬睦代さん(65)
「当時の復帰を体験した皆さんの体験を体現している。本当にありがたいという気持ちが一番」

復帰運動の先頭に立った青年団員を演じるのは小梁川颯さんです。祖父は奄美大島の出身です。

伊集院高校演劇部2年 小梁川颯さん
「高校生が奄美の劇を演じること、昔あったことを演じることは意味のあること。胸を張って演じて来いって(祖父に)言われた」

小梁川さんたちは1年の練習を経て、九州地区の大会で最優秀賞を受賞。全国高校総合文化祭への切符を手にしました。

そして、迎えた本番。小梁川さんが演じる青年団はアメリカ軍政府に追われ、奄美を離れました。

「行ってしまうのですか、愛しい人よ」

全国の舞台から1週間後。小梁川さんは奄美大島出身の祖父・精冨三丸さん(78)のもとを訪ねました。精さんは小学1年生のころ、日本復帰を体験。孫が復帰運動を演じたことをきっかけに、当時の体験談を語るようになりました。

颯さんの祖父 精冨三丸さん
「日本を背負っていく人たちが努力していることに感動した。平和は第一」

伊集院高校演劇部2年 小梁川颯さん
「(伝えることを)途絶えさせてはいけない」

奄美の人たちの思いを胸に。苦難の歴史は若い世代へ受け継がれていきます。