戦時中、旧日本軍が占領したマレー半島で、人々の記憶に深く刻まれているのが「華僑の粛清」です。虐殺を指揮した日本兵の親族は、加害の歴史と向き合い続けています。
マレーシアのネグリセンビラン州。
虐殺事件の生存者、鄭来さん(90)。6歳の時、日本兵の銃剣で身体を貫かれ、その傷がいまも。
日本軍虐殺事件の生存者 鄭来さん
「(日本兵は)住民を数人の小さなグループに分けて連行し、殺害を始めました」
1941年、イギリス領だったマレー半島に侵攻した日本軍は、2か月ほどでシンガポールを攻略しました。
一方で、中国との戦況は泥沼化。日本軍は、マレー半島から中国への経済援助を続けていた「華僑」と呼ばれる中国系住民を敵視し、大規模な粛清を命じたのです。
鄭来さんの家族5人が殺害されました。
日本軍虐殺事件の生存者 鄭来さん
「何の罪もないのに家族が殺されました。(日本兵は)人間の感情なんてなかった。どうしたらこんなにひどいことができるのですか」
虐殺は各地で繰り返され、犠牲者はマレーシアで5万人を超えるとされています。別の村に建てられた慰霊碑にはある日本兵の名前が。
記者
「欠けているところがあって一部文字が見えないんですが、『橋本少尉』という日本軍の部隊長が来たと記されています」
歩兵第11連隊に所属していた橋本忠少尉。虐殺を指揮したひとりとしてBC級戦犯になり、28歳で処刑されました。
広島県に住む甥の橋本和正さん(74)。処刑の理由について家族からは何も聞かされていませんでしたが、20年ほど前、戦争犯罪に関する本で叔父の名前を見つけ、戦争裁判の記録を取り寄せました。
そこには「女性や子どもを含むおよそ350人を殺害した」と書かれていました。
橋本忠少尉の甥 橋本和正さん
「ものすごくショックでしたね。日本軍の残虐性、非人道性が表れているなと」
無差別に殺害し、村を焼き払ったとされる橋本少尉。死刑執行前に書いた遺書にはこう綴っていました。
橋本忠少尉の遺書
「只、私は御国の為に取った行動です。破廉恥行為で無い」
橋本忠少尉の甥 橋本和正さん
「(周囲から)『叔父さんも戦争の被害者のひとりだったんですよね』というふうに言われると、やはりほっとするんだけど。でもやはり、そのままにしてちゃいかんなと」
和正さんは、これまで2度マレーシアの虐殺現場などを訪問し、住民との対話を重ねてきました。“加害の歴史”に向き合い、現地の声に耳を傾けることを忘れてはいけないと話します。
橋本忠少尉の甥 橋本和正さん
「私の戦争責任として感じるのは『今後絶対日本が戦争を起こさない』そのための活動というのを続けていきたい」
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