小学3年生の頃からバッティング指導を行った祖父

さらに坂口選手の、もう一人の強力なサポーターはこの方。祖父の清貴さん73歳です。

(坂口選手の祖父 清貴さん)
「これがティーバッティング用のネットです。小学3年生の頃から使っている。
Q.指導していたのは?
「私です」

坂口選手が小学3年生の頃から毎日のように自宅の庭でバッティングの指導を行っていました。祖父の清貴さんもまた県岐商野球部OBで、なんと甲子園にも出場経験が。

(坂口選手の祖父 清貴さん)
「きのうの準々決勝でも打って『おじいちゃんのおかげ』と言ってくれた。それを聞いてグッときましたね」

坂口家は3代続く「県岐商一家」。清隆さんはセンバツでピッチャーとして登板したものの1勝を上げることは、かないませんでした。

また父の輝光さんは当時、甲子園のベンチに入れず、グラウンドに立てませんでした。

親子3代にわたる夢の甲子園での勝利。坂口選手は玄関先の、この練習場で2人の思いを託されてきたのです。

(坂口選手の祖父 清貴さん)
Q. 坂口選手との、ここでの時間は?
「かけがえがなかった。野球のプレーも辞めていたので。野球を見るか、教えるぐらいしかなかった。本当に生きがいだった」

坂口選手に野球のイロハを教えたのが祖父の清貴さんなら、岐阜大会前の最大のピンチを救ったのが父・輝光さんでした。