■“見慣れない”黄色い矢印信号 運用始まる
10月31日、宇都宮駅東口からおよそ4キロの路上の信号に、見慣れない黄色い矢印が灯った。「電車用」との看板が付いている。いわゆる路面電車用の信号だ。

開業までにまだ時間はあるが、車のドライバーにLRT専用信号に慣れてもらうため早めに設置したという。栃木県警の担当者は、「車の運転手はLRT専用の黄色い矢印信号は気にせずに運転していただきたい」と話す。
■1日”1万6300人の利用” 事業費680億円超の大事業 目的は?
宇都宮LRTは宇都宮市と東に隣接する芳賀町を通る予定だ。宇都宮駅東口から、宇都宮大学陽東キャンパスなど、宇都宮市の東側を通過し、芳賀・高根沢工業団地までの約14.6キロの区間で開業を予定している。
宇都宮LRTは午前6時台から午後11時台の運行予定で、1日約1万6300人の利用を見込んでいる。車両の長さはおよそ30m、定員は160人で、最高時速40kmで走行する。
騒音や振動が少なく、車両と乗り場に段差がなく、高齢者やベビーカーでも利用しやすい設計だ。また電気モーターで駆動し、二酸化炭素を排出しないため、人と環境に優しい交通機関とされている。

自治体の事業費は2016年当初の見込みより220億円以上増え、概算で684億円の見込みだ。地盤改良などの費用が予想よりかさんだという。巨額の資金を投じてまで開業を進める理由は2つある。
1つ目は宇都宮市と芳賀町が長年頭を悩ませる、交通渋滞を解消するためだ。開業予定の地域には自動車関連の大規模な工場などが多く、宇都宮市東部を中心に通勤・帰宅の時間帯には連日のように交通渋滞が起こっている。2014年に宇都宮市などが行った「宇都宮市の嫌いなところ」というアンケートの中では、「交通渋滞の多さ」を24.5%の人が挙げていた。 もう1つの理由は、増加する高齢ドライバーへの対策だ。他の地方都市と同様、この地域もいわゆる“車社会”。自動車の利用率についての調査では、1992年には54.9%だったが、2014年には68.2%と上昇している。少子高齢化が進む中、高齢ドライバーも増加していく。そこでLRTは、将来的に免許を手放さざるを得ない高齢ドライバーらが車なしでも安全に市内を移動するための、公共交通機関としての役割が期待されている。
■地元の声は?
地元の人たちはLRTについてどう考えているのだろうか?

宇都宮駅東口の繁華街で創業241年の酢蔵を構える男性は、「LRTができることで、新たに人の交流が増える」と期待を寄せる。駅の近くで働く人は、「渋滞に巻き込まれなくなるのはうれしい」「お酒を飲むときに使いたい」と話し、地元の女性は、「車のない学生や子どもには便利」と開業を待ち望む。鉄道ファンの大学生は、「バリアフリー化も進んでいて、高齢者の免許返納のきっかけになる」と話す。
一方で、路面電車用の線路や信号ができることから、「街の景色も代わり、車の運転が不安だ」と口にする高齢の女性もいた。
佐藤栄一宇都宮市長は「車の運転ができない方も自分の意思で移動ができる街になる」「車を運転する人などとの共存を理解して頂いて、これからのライフスタイルの変化によって利用して頂きたい」と期待を寄せている。
内閣府が今年公表した「高齢社会白書」によると、去年10月の時点で全国の65歳以上の人口割合は28.9%で、増加傾向にあるという。また警察庁によると、昨年度の65歳以上で運転免許を持つ人は約1900万人。いずれは運転免許を手放す人も多いと考えられる。
「宇都宮LRT」は交通渋滞を解消し、高齢者の新たな“生活の足”になれるのか。
地方都市における公共交通のあり方の試金石になるだろう。
取材 長島周史 岡田拓明