福井で見せた成長を国立競技場でも
当初2人は最後4歩の課題に重点的に取り組んだ。「踏み切りに入るところの流れが良くありませんでした」と福間コーチ。「まずそこに最初に手をつけて、夏から春まで冬期を通して、助走後半の改善を行いました。クリアランス(バーの越え方)もあまり上手くありませんでしたね。1年目は技術的な課題に取り組みました」
瀬古自身も、武器であるヒザの深い屈曲スタイルの跳躍を生かすため、ウエイトトレーニングなどはしっかり行っていた。2m27の自己記録は21年に出したが、2m24以上の試技は多くなっていた。
24年も日本選手権は7位と失敗したが、福間コーチの指導を受けて2年目からは、メンタル面の改善にも取り組み始めた。
「バーに向かって立った時に、その試合、その試技の中で何をやるか。彼が何を考えているのかを聞き始めて、ちょっとずつ問題点を抽出して、そこを改善するように話し合いました。しかしメンタル部分の改善は、時間がかかります。技術は一発で直る時もありますが、心の部分は習慣化しています。彼の場合、良い時は良いけど、悪い時は立て直せないことも多かった。気分が乗らないとパスをして、かえって不利な状況に自分を追い込んでしまうこともありました」
福間コーチは次のような例を挙げた。「(走高跳は同じ記録になった場合は失敗試技数で順位が決まるので)日本選手権なら2m29を1回目で跳んだら勝てる、2m25までノーミスでいけば3番以内は確実になる。そのためには(サブ競技場での)ウォーミングアップから試合会場に入っての練習、最初の高さをどのくらいの力で跳んで、と考えないといけません。そこからノーミスで行って、勝負どころで100%を超えるくらいの出力の跳躍をして、その日のピークを持っていく。そのもって行き方こそが強い走高跳選手の重要な要素だから、自分なりの考えを作らないと勝負にならないよ、と話し続けてきました」
それが世界陸上本番で予選を通過する時にも、極めて重要になる。昨年のパリ五輪では2m24を1回目に成功した選手は予選を通過したが、2回目と3回目に跳んだ選手は通過できなかった。
「日本選手権はまだ(メンタル面が)できていませんでしたが、今日は見事でした。気持ちの切り換えをやってのけた。ようやく化けたかな。潜在能力を狙ったところで出せる選手になりました。嬉しいですね。でも今日だけで終わってしまったら、今までの頑張りを生かしたことになりません。今日チャンスを掴んだからこそ、本番で頑張って欲しいですね」
瀬古に期待できるのは、Athlete Night Games in FUKUIで結果を出したこと。観客席をフィールドに設けて、選手を目の前で応援できる大会だ。
「応援のパワーが大きかったですね。ベルギーでは股関節の痛みもあって後半まで持ちませんでしたが、今日みたいにガス欠しなかったのは初めてです。応援の力、すごいと思いました」
国立競技場の大観衆の声援は、瀬古の福井での跳躍を再現する絶好の環境になる。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)