250人以上が犠牲となった松山大空襲から80年です。愛媛県松山市では追悼式が開かれ、出席者らが犠牲者を偲びました。
松山市総合コミュニティセンターで開かれた26日の追悼式には、遺族らおよそ200人が出席しました。
なかでは、遺族を代表し生まれて半年後に軍人の父を戦争で亡くした宮内剛さんが、今年3月父が戦死した地フィリピン・ルソン島に初めて慰霊に訪れたことを語りました。
(遺族代表 宮内剛さん)
「私には父との記憶はありません。
しかし、遠い異国の地フィリピンを訪ね祈りをささげたことで父を感じることができ、遺族として英霊の顕彰、そして戦争の悲惨さを語り継ぎ、平和を継承していくことの大切さを今一度実感した」
また、松山市の野志市長は「戦争の惨禍は決して繰り返してはならないということを心に刻み、次の世代へ継承する使命がある」と追悼のことばを述べました。
1945年7月26日の松山大空襲では、アメリカ軍のB29が市内中心部を爆撃し、死者・行方不明者合わせて少なくとも259人が犠牲となったとされています。
このあと参列者は献花台に白い菊の花を手向け、戦争の犠牲者を偲ぶとともに、平和へ思いを新たにしていました。
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