なぜ練習機が米軍エモンズに突入できたのか

九州大学 菅浩伸 教授
「足が出たままの練習機。このことから当時の状況は非常によく分かってきた。どうしてその練習機がこのエモンズにこんなに見事な形で突入していけたのか」

エモンズが攻撃を受けた1945年4月6日、日本軍の飛行機およそ300機が特攻に飛び立ちました。

その中で九八式直接協同偵察機は、宮崎県の基地を飛び立った「誠飛行隊」だけで、アメリカ軍はその姿を撮影していました。

福岡県にあった大刀洗陸軍飛行学校で教えていた教官と助教で編成された特攻隊です。

九州大学 菅浩伸 教授
「1機目が船尾を攻撃して2機目3機目が両方から艦橋を攻撃しているんですね。こんなことができる優秀なパイロットだったわけ。これだけ統率が取れていて、しかも5機もここまで到達している。それだけの技能を持ったパイロットっていうのは教官隊しかあり得ない」