失われゆく方言魚名—地域の食文化と記憶を留めて

魚の流通範囲の広域化や共通語化の影響で、かつて存在した魚の呼び名の地域差、方言名はどんどん忘れられつつある。サンマもトビウオも今や全国的に統一された呼び名が浸透している。

しかし、これらの地域独自の呼び名には、日本語の歴史やその土地の食文化が色濃く反映されている。魚の呼び名としては使われなくなっても、「アゴだし」「あごちくわ」のように料理名や特産品の名前の中に名残をとどめているものもある。

魚の名前一つをとっても、そこには東西の文化的対立や、食文化の地域性が映し出されているのだ。国内の異文化とも言える地域性が失われつつある現代社会において、こうした言葉の多様性を記録し、伝えていくことの意義は小さくない。魚の呼び名という小さな窓からも、日本語と食文化の豊かな多様性を垣間見ることができるのである。

加藤和夫
福井県生まれ。言語学者。金沢大学名誉教授。北陸の方言について長年研究。MROラジオ あさダッシュ!内コーナー「ねたのたね」で、方言や日本語に関する様々な話題を発信している。

※MROラジオ「あさダッシュ!」コーナー「ねたのたね」より再構成