近年、漁獲高の減少する「サンマ」。そして出汁の主役として知られる「トビウオ」。この二つの魚、実は全国各地で異なる呼び名を持っていたことをご存じだろうか。昨今は共通語化によって地域差が失われつつあるが、かつての呼び名には日本の食文化や歴史が色濃く反映されている。
「サンマ」と「サイラ」―東と西を分けた呼び名の境界線
サンマは日本人にとって馴染み深い魚だ。近年は不漁が続いていたが、2024年は8月中旬の北海道根室の花咲港、8月下旬の本州・三陸沿岸の各港などでの初水揚げにより、久しぶりの豊漁が報告されて話題となった。
現在では、多くの人にとって「サンマ」以外の呼び名があるとは想像しにくいが、実はかつては明確な地域差が存在していた。渋沢敬三の『日本魚名集覧』によれば、現在全国的に浸透している「サンマ」という呼び名は、元々北海道から東北の太平洋側、関東・中部地方の沿岸部で使われていたものだ。
一方、近畿地方から四国、南九州の沿岸部と、近畿の影響を受けたと思われる北陸から山陰の沿岸部では「サイラ」と呼ばれていた。文献にも「佐伊羅魚」の表記で登場するこの呼び名は、かつての中央語地域であった近畿地方での古名だったと思われる。興味深いことに、このサイラという名称は学名「Cololabis saira(コロラビス サイラ)」にも採用されているのだ。
ほかには、東北地方の日本海側では「バンジョ」、九州北部から西部では「サザ」という呼び名も使われていた。九州西部では南部と同じく「サイラ」、そして「セイラ」という呼び名も使われたようだ。
「サンマ」の名前の由来には二つの説がある。一つは「細長い魚」を意味する古い呼び名「サマナ(狭真魚)」がサマ→サンマと変化したとする説。もう一つは、サンマが大きな群れをなして泳ぐ習性から「大きな群れ」を意味する「サワ(沢)」と「魚」を意味する「マ」からなる「サワンマ」に由来するとする説だ。
一方、現在一般的に使われている漢字表記「秋刀魚」が一般化したのは比較的新しく、明治後半から大正にかけてとされる。秋に多く獲れることと、銀色に光る細い体形が刀を連想させることから「秋に獲れる刀のような形をした魚」という意味が込められている。それ以前は「三摩」や「三馬」の表記も見られ、江戸時代には「鰶」の漢字も使われていたようだ。