クマ、そして倒れている人を目の当たりにした日

ニュースで何度もクマについて伝えてきましたが、出没や被害は全道で相次ぎました。「これまでの教訓を知っていれば防げたのでは」と思う事故もありました。

各地でクマに怯える人、大切な人を失った人の声を聞くたびに、悔やんできました。

2021年6月、札幌市東区の住宅地にクマが現れました。
早朝、上司からの電話で目を覚ましましたが、東区は山とも接しておらず、上司は「見間違いじゃないか」と迷っていました。
「もし本当だったら現場に行ってほしいから、いつでも出られる準備をしておいて」と言われましたが、「わかりました、今すぐ行きます」と答えました。

それまでの各地の取材で、何度も「ここにクマが出るなんて、まさか」「今までこんなことなかったのに」という声を聞いていたため、「もうどこに出てもおかしくないんだ」という危機感を持っていました。

札幌市東区(2021年)

その後、カメラマンが乗っていたタクシーの近くをクマが走り去りました。
情報だけでなく、映像があって初めて伝わるものがあります。
本当に住宅地にクマがいる…私たちも、この映像で初めて事実として衝撃を受けました。

現場に向かうタクシーの中で、次々に寄せられる目撃通報の場所を地図に書き出しました。クマは猛スピードで広い範囲を移動していることがわかりました。いつどこでばったり人に出会うかわかりません。

カメラマンと合流しました。決して車からは降りずに、目撃情報をもとにクマの移動ルートを予想しながら住宅地を進みました。
歩いている人を見つけるたびに窓を開け、カメラマンと一緒に「クマいる!」「家の中に戻って!」と叫びました。

角を曲がったとき、目に飛び込んできたのは、足でした。

札幌市東区(2021年)

人が倒れていました。赤い血が見えました。
警察官が駆け寄っていきます。倒れている人は、動きません。

警察署も混乱しているのか、「けが人は2人」「いや、3人…」と、こま切れに情報が入ってきました。
この日、4人が重軽傷を負いました。

札幌市東区(2021年)

この地域に土地勘のあるカメラマンで、「あっちのほうに緑地がある」と教えてくれました。「クマはそこに向かうかもしれない」「広い緑地なら発砲許可が出るかもしれない」と思い、緑地に向かいました。

背の高い草の中に、身を隠したクマ。警察やハンターがプレッシャーをかけ、飛び出してきたところで、銃声が響きました。

札幌市東区(2021年)

後からヘリコプターの映像を見返すと、クマが草に身を隠そうと駆け込む姿が映っていました。
「クマは背の高い草に身を隠して移動する」、これまでの取材で知識として学んだことを実際に映像で見て、「また同じ課題が繰り返されている」と、胸を痛めました。

クマ出没の原因はどこにあるのか、解決のカギはどこにあるのか

悔しさを感じる半面、こうも思います。
札幌市南区簾舞・藤野の取材では、私はクマについて調べ始めてたった1年でした。それでも仮説を立て、通り道を予想できたのです。

それは、「背景を知っていれば、出没を防ぐ術がある」ということでもあるのではないでしょうか。

課題は人間社会にある。つまり、解決のカギも人が握っているのです。

クマの出没や被害には、「知る」ことで防げるものがあります。全国に共通する「対策のヒント」を、私は北海道・島牧村で教わりました。短い日々のニュースには入りきらないことをお伝えするために、ドキュメンタリー映画『劇場版 クマと民主主義』を制作しました。

取材・発信を続けているのは、悲しい事故を繰り返さないためです。あなたや大切な人の命と暮らしを守るために、まずはクマについての正しい知識や、各地域からの教訓を「知る」ことから始めていただけると幸いです。

文:北海道放送 幾島奈央
ドキュメンタリー映画 『劇場版 クマと民主主義』(東京で3月30日・札幌で4月5日~上映)を監督。2018年に入社後、クマの取材を継続してきた。2021年からWEBマガジン「Sitakke」の編集部

【この記事を画像で見る】

【この記事の前編】
「野生のヒグマと初めて目が合った」出没に揺れる村の密着取材から感じた、“駆除を批判する前にすべきこと”ドキュメンタリー映画『劇場版 クマと民主主義』幾島奈央監督

【関連記事】
『劇場版 クマと民主主義』監督に聞く本作の見どころ 「人の命にもクマの命にも向き合っていなかった」7年の取材で見えた“クマと人の課題”