銀行マン・ジャズドラマーとの出会い

そんな時に出会ったのが、地元の銀行の副頭取・執行謙二さんだ。
久留米市の自治体や銀行の関係者が集まるイベント。渕上さんは、自社事業についてプレゼンするために参加していた。
筑邦銀行副頭取・執行謙二さん
「渕上さんのブースにチェロが飾ってあったんですね。私も学生時代チェロを弾いていたので興味がわき話しかけたんですよ。すると本業の合間に『エンドピンストッパーを作っているが、なかなか思うような音が出る様に仕上がらない』ということだったので、うきは市在住のジャズドラマーを紹介して、ふたりを引き合わせたんですよ」
うきは市在住のジャズドラマー・田中徳崇さんは、1997年に渡米しシカゴを拠点に世界的なミュージシャンのツアーに参加したキャリアの持ち主だ。現在は福岡県吉井町の古民家をスタジオとして活用し、音楽活動を行っている。
田中さん自身、ウルティマのようなストッパーが欲しかったと話す。
ジャズドラマー・田中徳崇さん
「仕事柄、屋外のフェスティバルに出ますが、例えば屋外に組んであるステージなどは床がペラペラなんです。すると色んな振動が床に吸い込まれて楽器が鳴らないんですよ。そうすると余計に力を入れなくてはならなくなって演奏自体が変わってきたり…。いろんな制約が出てくるんですよね。ウルティマのような安定したエンドピンストッパーがドラムにもあると、演奏者が楽器にインプットするものがそのまま綺麗にアウトプットされる。それで興味が湧き開発に協力しました。」
0.1ミリ単位で削り、振動を確認 ジャズドラマーの感性

どのくらいの溝をいれたら、最高のエンドピン・ストッパーになるのか。田中さんは自分のドラムを使って、振動の伝わり方を徹底的に試していった。
ジャズドラマー・田中徳崇さん
「渕上さんには0.1ミリ単位で削ってもらいました。ドラムの上にウルティマをのせて、それを指で叩くんです。下のドラムにどのくらい振動が伝わるか試して、理想の形になるまで追い込んでいきました。普通『0.1ミリだけ削ってくれ』とか言っても、『はい分かりました』って言って一発で出してくれる人ってなかなかいないと思うんですけど、僕が言う、ありとあらゆるわがままに渕上さんは綺麗に応えてくださったんですよね。」
技術者とミュージシャン…銀行のマッチングとしては実に珍しいケースで開発が進んだ。
筑邦銀行副頭取・執行謙二さん
「銀行としてのマッチングっていうのは、物×物や技術×技術を引き合わせるというのが一般的なんですけども、渕上さんの技術と、田中さんのジャズドラマーとしてのソフトのマッチングを試みた訳です。結果予想以上に面白い相乗効果が出ることがわかりました。地元にいらっしゃるハードとソフトのいろんなポテンシャルを持つ人々を組み合わせないのは勿体ない、と改めて思いましたね。」
演奏者を思いやってつけた溝 思わぬ副産物も

実は、この溝には思わぬ副産物がある。
前出の九州大学・鮫島教授によると、溝によって「ウルティマ」の強度が増し、演奏用の台として安定したのだ。
例えば薄い紙は折り目をつけることで硬くなるが、溝が折り目と同じ効果をもたらすという。
台が安定していれば、演奏のパフォーマンスがあがる。
「エンドピンをセッティングしやすいように」と、渕上さんが奏者を思いやってつけた溝こそが、音に良い影響を与える結果となった。
田中さんの知人であるベーシストの吉野弘志さんは「ウルティマ」のことを、こう表現した。
「言わば、世界最小の演奏台だね」
ちなみに「ウルティマ」とは、ラテン語で「究極の」という意味だ。
開発者 渕上貴之さん
「もともと、コロナ禍の学生のために・・・という気持ちで開発を続けていたところジャズドラマーの田中徳崇さんを紹介されて、より良いものに仕上がった。あこがれのジャズドラマ―と一緒に開発が出来ただけでも光栄なのに、ウイーンフィルハーモニー管弦楽団の首席チェリストにお墨付きをもらえるなんて・・・。まさか、試しに演奏をしてくださって気に入ってもらえるとは予想だにしていませんでした。良い意味で『こんなはずではなかった…』とただただ驚いています。今後はチェロ以外にもウルティマを活かせないか、研究中です」
RKB毎日放送 プロデューサー 石川恵子