誰にでも笑顔だった清加さん 猛烈な反抗期 そして就職
小さいころから元気で明るくひょうきん、誰にでも笑顔。でも言い出したら曲げない芯の強さもあった。
中学校ではバレー部。高校に入ったあたりから、母子の間にすき間ができた時期があった。高校2年生のころ、母のさとみさんに向けられた「猛烈な反抗期」があったと打ち明ける。
「とっくみあいのケンカもして、私も手や腕に何度かあざもできました。“くそババア死ね”なんて言われて(笑) 一生懸命育てた子どもにそんなことを言われて、何度泣いたことか…お風呂場の厚いガラスも割られたし、今でも我が家のあちこちの壁に穴があるんですよ(笑)」
ただ、家の外では友達思いで明るい清加さんのままだった。非行もなく、警察や学校から呼び出されるようなことも一度もなかった。
「家でも親にだけ反抗期で、一緒に住んでいたおばあちゃんにはとっても優しい。いま思えば、何かと口うるさかった母親の私が悪かったのかなぁ…」
清加さんの反抗期をユーモラスに、懐かしむように話す新原さん。等身大の清加さんの姿が浮かび上がってくる。
清加さんは地元の高校を卒業後、北九州の大学に進んだ。就職活動では何社も落ちたが、大手証券会社に入社した。頑張って働き、3年目を迎えるときに事件が起きた。














