8月31日、フランス・パリ。慣れない土地にやってきてわずか数日の男性は、少し疲れていた。それでも私たちの取材には応じてくれるという。
ウクライナ侵攻に参加したロシア軍の兵士、パベル・フィラティエフ氏(34)。まさに覚悟の証言だった。
■相手は誰なのか 目的は何なのか 何も知らされないまま始まった侵攻
フィラティエフ氏
「私は2か月間働き、毎日、いつ死んでもおかしくない状態でした」
フィラティエフ氏はロシア軍の第56親衛空挺襲撃隊の隊員だった。経済的な事情で軍に所属することになり、ロシアが一方的に併合したクリミア半島の訓練場に駐留していた。
そして2月24日、侵攻の日を迎えた。この時、詳しい情報は何も聞かされていなかったという。
記者
「2月24日以前に侵攻の情報など聞かされていましたか?」
フィラティエフ氏
「答えはノーです。私たちの部隊は2月24日の朝4時頃、国境方面に移動し始めました。誰からも『どこを攻撃する』『その目的は何である』等の直接的な命令を受けていませんでした。それらは軍事行動の過程で都度、知ることになりました」
記者
「侵攻が始まってどう思いましたか?また侵攻理由は何であると思いましたか?」
フィラティエフ氏
「実際にミサイルが発射され、航空機や軍のヘリが機動し始め、戦闘状態になった時、まず思ったのは、“相手は誰なのか”でした。理屈で言えば、やはりNATO(=北大西洋条約機構)との戦争が始まった、ということだろうと思いました」
記者
「なぜNATOとの戦争だと思ったのですか?」
フィラティエフ氏
「ロシアでは、常にNATOによる脅威について報道されています。私はそんなバカな話を基本的に信じていませんでした。しかし自分が隔離状態に置かれ、軍事行動が実際に始まり、紛争では使用されたことのない規模の兵器を目にすると、誰と戦争をしているのか論理的に説明することはできなくなります。そうすると、確かにあり得るのかなと。本当にNATO支援によるウクライナ側の攻撃が始まったのかなと。そんな考えが頭の中をかけめぐったのです」
記者
「今になって、ロシア政府が言っていたことについてどう思いますか?」
フィラティエフ氏
「明らかな、完全なウソであるとわかります。ロシアのテレビでウソを言わなかったのがいつだったか、覚えていません」
■「水や食料を盗った」戦場では弾薬以外すべてが足りていない
フィラティエフ氏の部隊は、ウクライナ南部・ヘルソンに派遣された。兵士を取り巻く環境は、当初から厳しいものだったという。
記者
「戦場での環境はどのようなものでしたか?」
フィラティエフ氏
「最初から食事の問題が発生していました。水、防寒着、寝袋も。とにかくすべてに問題がありました。唯一、足りていたのは弾薬でした。1か月後には、大半の戦闘服が使い物にならなくなりました。新しい戦闘服は結局、支給されませんでした。土の上で寝ているので1か月経てば使えなくなりますが、新しいものは支給されませんでした」
記者
「食事が足りない時はどうしていたのですか?」
フィラティエフ氏
「ヘルソンの港湾を占領しに向かった際、事務所で食料ストックのようなものを見つけ、皆であっという間にそれを食べました。でも常に食料探しをしていたわけではありません」
記者
「ウクライナ人のものである食料や水を盗んだということですか?」
フィラティエフ氏
「そうです。移動途中にあった店の水や食料をとりました。生死に関わる問題だったからです。お腹がすいて、喉が渇いて、店は放棄され、周りに持ち主はいない。こういう状況で何も取らないでいられる人は少ないと思います」
記者
「ロシア兵が強奪をしていたという情報もあります。実際はどうなのですか?」
フィラティエフ氏
「そういう部分もあったと思います。オフィスに置き去りにされたパソコンを我慢できずに盗んでしまった人、スマホを持ち去ってしまった人もいます。ただ、性的暴行や民間人殺害などの戦争犯罪、捕虜への発砲などは、私の隊ではありませんでした」
フィラティエフ氏は、4月中旬に砲撃で目を負傷して任務から外れた。その後、ロシアを出国した。