空中戦から2日後の当時の新聞に、山梨県上野原市の山中でB‐29の墜落現場を取材した記事がありました。
記事には現場の悲惨な光景が書かれたあとでこんな記述が・・・
『記者は心から「馬鹿野郎、いいざまだ」と叫ばずにはいられなかった』
アメリカ軍を罵る記事も石を投げる行動も、当時の日本は軍国教育や戦時体制が徹底されていてアメリカは敵、鬼とさえと言われていた風潮の中で行われました。
小俣キヌ子さん:
「敵だから戦え だから。立ち向かえですから。10歳の小学4年生の子どもがそういう意識だから」
こうした中、村人の前に両手を広げて立ちはだかる1人の女性がいました。