“もう少し人が死なずにすんだかもしれない”

 一方、尾池氏は、「『神戸と地震』の研究の代表者から、「報告書はなかったことになった」と聞いた」と振り返る。尾池氏は、震災後「この報告書のことが伝わっていれば(阪神・淡路大震災で)もう少し人が死なずにすんだかもしれないと、だんだん思いました。残念ではありますね」と話した。

「神戸と地震」が「壊滅的な被害を受けることは間違いない」と指摘した21年後に起きた阪神・淡路大震災。取材時の最後に聞いた。「阪神・淡路大震災が発生して30年。地震学者としてどのようなことを思いますか?」と。

 「専門家が言っていることはちゃんと聞いてほしいと思うし、それに対して対策はしてほしいですよね」と。地震学の知見を積み重ねてきた尾池氏の言葉は重い。

「神戸と地震」のまえがきには、「この報告は、『神戸市における地震対策』の第一歩」とある。21年後に起こる大震災への備えの歩みとなったのだろうか。その歩みはどれほどだったのだろうか。すでに「50年前のできごと」となった今、当時の関係者は退職し、検証が難しいのが実情だ。

 神戸の地下に潜む地震リスクに警鐘を鳴らした「神戸と地震」。起きうる地震リスクを伝える―阪神・淡路大震災が私たちに示した大きすぎる教訓である。 

◆取材・文 福本晋悟

MBS報道情報局 災害・気象担当デスク。「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター」特別研究調査員。阪神・淡路大震災発生時は滋賀県在住の小学3年生。震災で両親を亡くし転校して来たクラスメイトと過ごした。