日本被団協「ノーベル平和賞受賞」を私たちはどう受け止めるべきなのか?また今回の受賞が問いかけるものとは?被爆地長崎で「核兵器廃絶」について研究する長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)は、授賞式が行われた12月10日、「日本被団協のノーベル平和賞受賞の意義を考える」と題した見解を発表しました。以下「レクナの目」より引用して紹介します。
長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)
河合 公明副センター長・教授:
「このノーベル平和賞は皆さんと一緒に受賞したものです。」発表から数日後、和田征子さん(日本被団協事務局次長)の言葉が私の胸を打った。被爆者は、想像を超える苦しみと悲しみを抱えながら、「私たちの体験をとおして人類の危機を救おう」(日本被団協結成宣言)との決意で立ち上がった。証言活動は国際的な連帯を生み出し、2017年7月には核兵器禁止条約の採択への道を切り開いた。その場に立ち合い、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)へのノーベル平和賞授賞式で同年12月にオスロを訪れたことは、私にとって生涯忘れえない出来事であった。
「攻撃される側」の視点
「キノコ雲の下で何が起きていたのか」を生涯かけて語り続けてきた被爆者の活動の意義は、核兵器廃絶運動にとどまらない。戦争は国際法で禁止され、一般市民は保護の対象とされているにもかかわらず、今もウクライナや中東では戦争で多くの一般市民が犠牲となっている。
こうした状況を前に、被爆者が問いかけるのは、「戦争で苦しむのは誰か」という点である。「攻撃する側」の論理ではなく、「攻撃される側」の現実を考えることを求めているのだ。力と不信に基づく安全保障の限界を超え、共感と連帯に基づく安全保障という選択肢へ進むよう、常に問いかけている。
被爆者の証言活動がもつ「伝承」の力は、攻撃する側の論理を問い直し、核兵器も戦争もない世界を建設するための原動力になる。そのエネルギーを受け継ぎ、共感と連帯に基づく安全保障について長崎から発信することが、核兵器廃絶運動を経てアカデミアに身を置く私の使命である。それこそが、私にとっての「伝承」である。被爆者から継承するメッセージを、今度は私たちが主体者としてどのように国内外に「伝承」していくか。このことを、被爆80年を迎える長崎の地で皆さんと一緒に考えていきたい。(河合公明)














