石田充 アナウンサー
プロに入る前から注目をされ続けたキャリアで広島県民からすると印象深かったのが、広陵高校時代。甲子園準優勝ということもありました。当時のメンバーが4人、プロに入ったんですね。当時のキャプテン(土生翔平・現カープスコアラー)ですね…

天谷宗一郎 さん
心強かったんじゃないですかね、土生スコアラーがいて…

野村祐輔 投手
そうですね。はい。 

石田充 アナウンサー
バッテリーを組んでいたのが、ジャイアンツの 小林誠司 選手でもありました。そして、ショートを守っていたのが一つ後輩の 上本崇司 選手。上本選手は明治大学でも後輩でした。忘れられないのが、この試合(2007年・夏の甲子園決勝 佐賀北戦)。何度も見ていると思いますが、このシーン(ボールと判定)、いかがですか?

野村祐輔 投手
みなさんが思ってくださるとおりだと思います。

田村友里 キャスター
その逆転満塁ホームランっていうのは、一つ大きなきっかけにはなったかなと思うんですけど、今はどういう受け止めなんですか?

野村祐輔 投手
そうですね。あの甲子園が自分の人生を変えてくれたっていう、その場だったと思います。

石田充 アナウンサー
わたし、入社1年目で忘れられないんですけど。2007年、アルプススタンドにいたんですが、もうここの横の人が会話できないぐらい、佐賀北の応援がすごくて、マウンドも雰囲気、また違ったものがあったんだと思うんです。

野村祐輔 投手
そうですね。本当に初めてああいう歓声を聞いて…。本当にマツダスタジアムのような…。マツダスタジアムのビジター選手はそう感じるんじゃないかなと思います。

青山高治 キャスター
視聴者からです。「野村さんは覚えていないと思いますが、2007年センバツ高校野球から甲子園選手のバスの運転手として帯同させてもらいました。みなさんと宿舎でいっしょに食事をしたりと本当にいい思い出です。その後、カープを支える大投手になるなんて」と今でもよく覚えていらっしゃいます。

野村祐輔 投手
ありがとうございます。

石田充 アナウンサー
いろんなことに支えられていると思うんですけれども、その後、明治大学に進んで、当時、10人もやっていなかった300奪三振。

天谷宗一郎 さん
すごいですね。

石田充 アナウンサー
三振もすごく取るタイプだったんですよね。

野村祐輔 投手
だったんです(笑)

石田充 アナウンサー
プロに入って、解説の方によく、野村投手は打たせて取るのが真骨頂みたいなことを振っていたんですけど、キャリアを見ると “ドクターK” だったわけなんですね。

野村祐輔
広陵高校 3年夏 甲子園準優勝
明治大学 30勝 300K
広島カープ 先発一筋13年