家族を記録していた8ミリビデオを持つ女性 大阪万博をきっかけに「映像を家で見る」文化が根付く

 聞き込みを続けているとひとりの女性に出会いました。

 (中山都記子さん)「(Q万博行きました?)はい。家も近かったので、すぐ裏が家だった。歩いて夕方、散歩がてら行けたので」

 万博のときに千里に越してきたという中山都記子さん(66)。当時中学一年生でした。若い活気のある街に惹かれ、結婚後も千里で暮らしてきました。自宅には、古い映像が眠っていると言います。

 (中山都記子さん)「父もカメラマン。婚礼写真のカメラマンだったので、割と早い時期にビデオカメラを手に入れたりとか。(ビデオカメラを)持ち歩くのは大変。だんだんコンパクトになってきたけど、今は(デジタル化して)落とさないと見れなくなちゃって」
 (カメラマン)「Qよかったらデジタル化して見られるようにしましょうか?」
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 大阪万博をきっかけに普及したカラーテレビ。開会式はカラーで生中継され、「映像を家で見る」文化が根付きました。電機メーカーによるホームビデオの開発が進んだのもこの頃。80年代に入り、小型の8ミリビデオテープに記録するカメラが登場すると一気に普及しました。8ミリビデオカメラは、核家族化が進むなか、子どもを育てる若い夫婦の必需品となっていきます。

 先ほどの中山さんの自宅を訪ねました。今はかつて住んでいた団地のそばのマンションで暮らしています。

 (中山都記子さん)「ここにダーッってある…。何本でしょう、4.50本ですかね」
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 いまビデオカメラは無くなり、タンスにテープだけが残っています。子どもが好きで幼稚園の先生だった中山さん。結婚し千里の団地で夫と暮らし始め、2人の子どもに恵まれました。今は子どもも独立し3人の孫がいます。40年近く前を記録しずっと眠っていた8ミリ。そこには当時の団地の暮らし、彼女が作り始めた家族が映っているはず。

 (カメラマン)「お借りしていきます」
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 家族の思い出が詰まった大事な8ミリです。劣化した部分も修復しながらデジタル化していきます。