「セクシャル・ハラスメント」が新語・流行語大賞に選ばれ、社会的に注目を浴びたのは平成元年のこと。それ以降も「○○ハラ」という言葉が続々と生まれては問題視されてきたが、令和6年の昨今は斎藤元彦兵庫県知事が「パワハラ」疑惑で9月30日付で失職し、出直し選挙に臨む展開を見せている。果たして、人がパワハラに及ぶ背景には何があるのか。「私は元パワハラ上司でした」と告白する“行為者”への取材と、専門家による解説の二面から考えていく。
店長に就任し、売り上げを1年で4倍に「仕事はすごく好き」パワハラに至るまで
ハラスメント対策専門家の山藤祐子さんは、これまで400以上の企業や自治体に研修を実施してきた。
その活動のきっかけは、新入社員だったころに上司から受けたセクハラ被害の経験と、自らのパワハラ行為により部下を退職させてしまったことへの禊だという。

「短大の卒業前、内定が出ていた商社にアルバイトで研修に行ったところ、お尻を触ってくる上司がいました。それなのに周りは『やめてくださぁ~い』程度の反応で、触られても仕方がないと受け入れてしまっている状況。私はどうしても我慢できず、内定を取り消してもらい、別のアパレル店で働き始めます。
そこの店長のことは、最初はいい人だと思っていました。しかし実際には、『今日はお金が足りないから』などと、レジの釣銭を持っていってしまうような人だったのです。他のみんなでお金を出し合い、売り上げを補填する日々が続いても、私より先に働いていた従業員たちは誰も『おかしい』と声を上げませんでした」
半年ほど経ち、新人ながらも販売実績を残せるようになっていた山藤さんは、ついに「もうやっていられない」と店長に対峙する。
「店長からは『自分に歯向かうなら辞めてくれ』と言われたので、私も『では辞めます』と、本社に電話をして事情を全部話しました。すると本社は『あなたは辞めなくていい』と私に味方してくれ、店長が別の店へ異動する代わりに、私が新しい店長に就任することになったのです」
その後も災難は続いてしまい、本社の部長からのセクハラ被害に苦しんだというが、「仕事そのものはすごく好きでした」と話す山藤さん。売り上げを1年で4倍にするほどの成果を挙げ、やがてベンチャー企業に引き抜かれるも、自身がパワハラ行為者と化してしまったのはここからだった。