鹿児島市出身で京セラ名誉会長の稲盛和夫さんが亡くなったことが、30日に発表されました。一夜明けた31日も、鹿児島県内では悼む声が聞かれました。
稲盛さんは21年前、就職活動で悩む学生に1通の手紙を送っていました。稲盛さんの人柄が伝わるその内容とは?
稲盛和夫さんの訃報から一夜明けた31日、霧島市にある京セラ国分工場では半旗が掲げられていました。
(京セラ国分工場社員)
「(訃報に)社員みんな驚いて、寂しく感じていた。本当に残念。一度でも機会があって会えることができたらと思っていたが。まだ元気だと思っていたので驚いている」
また、鹿児島銀行の定例会見でも、その死を悼む声が聞かれました。
(鹿児島銀行 郡山明久副頭取)
「鹿児島にとって大きな存在だった。鹿児島だけではなく、日本にとって、世界の経営者に与えた影響はすごく大きかった」
誰にでも真摯に向き合った稲盛さんの人柄を伝える手紙があります。MBCの冨山貴司記者が、2001年4月に稲盛さんから受け取った手紙です。
冨山記者は当時、大学3年生で就職活動で悩んでいましたが、稲盛さんが日本経済新聞に寄稿していた「私の履歴書」を読んで感銘を受けて、悩みなどを記した手紙を新聞社に送ったところ、およそ1か月後に封書が届いたのです。送り主は「京セラ株式会社取締役名誉会長・稲盛和夫」と記されていました。
(冨山記者)
「びっくりした。稲盛さんから返事がくるとは。会ったこともしゃべったこともない学生に返事を書くことが、まさに相手のことを思い行動する『利他の心』そのもの。優秀な素晴らしい経営者だと、身をもって感じた」
就職活動の悩みとともに感謝の気持ちを打ち明けた手紙に対し、稲盛さんは次のような言葉でエールを贈りました。
(手紙)
『よりよい人生を送るために大切なことは、一生懸命努力することだと思います。まさに努力に勝る天才はないのです』
短いながら、誰にも負けない努力で人生を切り開いてきた稲盛さんの生き方が凝縮された手紙でした。
(手紙)
『これからもさらに精進を重ねられ、素晴らしい人生を送られますことをお祈り致しております』
誰とでも分け隔てなく真摯に向き合った稲盛さんの人柄が感じられる21年前の手紙です。
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