この夏、初めて実現した両親のふるさとへの訪問。
■英捷さん「(お元気ですか?)ハラショー(とても元気です)」

降籏さんが親戚に会うのは80年の人生で初めてのことです。
まず向かったのは母・ようさんの実家。
写真で見たことがある建物は、当時のまま残っていました。
迎えてくれたのは伯父の孫、小川祐治さんです。
■英捷さん「この木はたぶん母が『小さい頃からあった』と話していました」

母親との記憶がよみがえります。
続いて向かったのは、父方の親戚が眠る墓地です。
父の実家はすでにありませんが、ここでは親戚と出会うことができました。
■遠戚に当たる降籏正さん
「親からここ3つとそこの3つ、それとこれが本家のお墓ですよって聞いて、いまも彼岸とお盆は線香を上げてお参りしている」

■伯父の孫・小川祐治さん
「ここに利勝さんのお父さんが(お墓を)建てましたと」
■英捷さん「ここにかいてある」
■小川さん「降籏栄一。利勝さんのお父さん、だから英捷さんのおじいちゃん」
初めて知る先祖とのつながり。両親のふるさとを訪れるのが遅くなったのには、ある理由がありました。
妹のレイ子さんを含むきょうだい5人は99年以降に日本に永住帰国していました。
一方で、降籏さんはウクライナ出身の妻・リュドミラさんと結婚し、27歳の時にウクライナへと移住。
妻は5年前に亡くなり、孫やひ孫と穏やかな生活を送っていたのです。

しかし、おととし(2022年)2月にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が起きました。
英捷さんは、きょうだいが住んでいる北海道に一時避難し、その後、永住帰国しました。
2度の戦争に翻弄されながら、ようやく訪ねることができた父と母のふるさとです。














