戦前に日本の統治下だった台湾の学校を甲子園準優勝に導いた、愛媛県松山市出身の野球部監督・近藤兵太郎を縁に始まった交流事業のため、7日から台湾の大学生らが愛媛を訪れています。
愛媛を訪れたのは台湾の嘉義大学の野球部員やその関係者です。
7日午前、松山空港に到着した一行はまず東温市にある坊っちゃん劇場でミュージカル「KANO」を鑑賞しました。
このミュージカルは、松山出身の野球監督、近藤兵太郎が日本の統治下だった台湾に渡り、1931年、当時の嘉義農林学校野球部を甲子園初出場ながら準優勝に導いた実話を元に描いています。
嘉義農林学校は嘉義大学の前身にあたることから、選手たちは真剣な表情で見入っていました。
その後、行われた「日台野球交流サミット」では、愛媛県の中村知事や嘉義大学の監督らが、今回の交流事業のきっかけとなった近藤兵太郎や、双方の野球の未来などについて活発な意見を交わしていました。
一行は、今月11日まで愛媛に滞在し、8日からは愛媛を中心とした四国の大学野球部との交流試合や、県内の観光地を訪れる予定です。
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