奥能登で500年以上前から伝わる揚げ浜式塩田での塩づくり。
梅雨も明けて、作業は最盛期ですが、今年は、元日の地震で担い手不足が問題に。そんな中、思わぬ助っ人が活躍しています。
石川県珠洲市の道の駅すず塩田村。
元日の地震の影響で塩田に撒く海水をくんでいた仁江海岸は、海底が隆起し海岸線が70メートルほど後退しました。
道の駅すず塩田村 神谷健司駅長「このタイルから降りて、ここで(海水を)くんで上がっていった。この高さまで水があったですからこの辺は全部水だったこの石なんかも海から出たことない。ここは全部海だったんです」
4月から塩づくりを再開したものの、職人など20人近くの従業員が珠洲に戻ってこれず、深刻な人員不足に陥っていました。
そこで、塩づくりの助っ人を担ったのが金沢学院大学の学生たちです。
炎天下の砂は、灼熱ですが、野球部員など11人が砂を集めて塩を取る「浜取り」の作業に当たっていました。















