2005年4月25日に起きたJR福知山線脱線事故

7.jpg
 2005年4月25日、月曜日。兵庫県尼崎市でJR福知山線の快速電車がスピードを出しすぎ、カーブを曲がりきれずに脱線。乗客106人が犠牲になりました。
9.jpg
 節香さんもその電車に乗り合わせ、帰らぬ人となりました。乗っていたのは2両目。犠牲者が最も多かった車両でした。
10.jpg
 (西野道晴さん 2005年4月)「家内の非常に精神的なものが大きかったもんでね。大ショックを受けて何がなんだか」

 父・母・息子が理容師という西野さんの家。中でも節香さんは数々のコンクールで受賞して店の看板でした。
11.jpg
 (西野道晴さん)「妻はもうこの世におらんねやなということが、一日一日寂しさと、感じてくるんでしょうね」
12.jpg
 店が休みだったあの月曜日。節香さんは珍しく外出し、普段は乗ることのない電車で大阪に出かけました。

 (西野勝善さん)「ホンマは月曜日…昨日、自分が車で送っていくはずだったんですよ。大阪市内まで車で行ったら危ないから送らんでええよって言って、バスに乗って行ってしまったんですけど。いつもの生活がどん底に落ちるというかバラバラになってしまうというかね。一人欠けたらこんなにこう、なんというんですかね、真っ白になるというかね、空っぽになってしまうのかという感じです」