先住民族の聖地に「自動車を目にした衝撃」を描いた絵

カナダの世界遺産「ライティング・オン・ストーン」。アルバータ州の渓谷沿いに広がっている州立公園ですが、断崖の上にキノコのような奇岩が林立する不思議な場所です。

ここは先住民族ブラックフットの聖地で、彼らはキノコ状の石の柱は、ひとつひとつに魂が宿る「聖なる存在」だと考えています。そして今も、この「聖なる存在」と対話するために、ここを訪れるといいます。
さらにブラックフットは断崖に、2000年以上も前から絵を刻んで残してきました。まさに「ライティング・オン・ストーン」です。

描かれているのは、弓矢を使った狩りの様子など。番組でもこうした壁画を撮影したのですが、その中に不思議なものがありました。

車輪がある箱形の乗り物…自動車です。それも1908年に登場したT型フォード。実は20世紀初めまで壁画は描かれ続けてきて、ブラックフットは「自動車を目にした衝撃」を絵という形で遺したのです。
狩りやヨーロッパ人との戦い…2000年にわたる歴史を記録

壁画の中には、19世紀にカナダに入植してきたヨーロッパ人との戦いの様子を描いたものもありました。ライティング・オン・ストーンの壁画は、2000年にわたるブラックフットの歴史の記録でもあったのです。

ちなみに世界遺産に登録されるための大前提は、「不動産であること」です。ナスカの地上絵は大地に描かれている「不動産」、ブラックフットの壁画も断崖に描かれている「不動産」として世界遺産になりました。どんなに傑作でも、キャンバスなどに描かれた持ち運びのできる絵画は「動産」なので世界遺産にはならないのです。
執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太