「生活していきたくても…厳しすぎる現実」

先日、倒壊した藤本さんの家の2階に置いてあったミニキリコが、運び出されました。このミニキリコ、藤本さん父娘がお世話になった恩師の方が、制作したものです。子供たちの健やかな成長を願い、書かれているのは「元気な子」。
地震の被害を免れることができた数少ないものの1つです。

「元気な子」ミニキリコ(提供:藤本透さん)

輪島市では、被災した建物を市が所有者に代わって解体・撤去等を行う「公費解体制度」が始まりました。かろうじて倒壊を免れた家でも家電製品が全て壊れてしまっていたり、ブルーシートで覆った屋根や壁の隙間から雪や雨が家の中に入り込み、家じゅうがカビだらけになってしまったり、家の前まで水は来ていても敷地内で配管があちこちで破損していたりというケースもあります。また、これまで商いをしてきた人たちは、先が見えないため、商売を続けるべきかどうか決めることが出来ない人が多くいます。仮に避難所から自宅へ戻って暮らすと決めたとしても、家の修理、整理、掃除に加え、食料をはじめとした生活必需品の調達にこれまで以上の時間がかかります。自立、生活再建をする人の目の前には厳しすぎる現実があります。

SNSできょうも発信を続ける藤本さん。地震発生から3か月。復旧だけではなく、復興のニュースも増えてくる中、町野町だけではなく、被災地には最低限の衣食住もそろえられない苦境にある人が多くいることを忘れてほしくないと話します。

藤本透さんインタビュー
「復旧や復興の報道が増える中、町野町の現状は発災時と大きくは変わっておりません。道路の啓開、電気と水道の復旧が進んでおりますが、たくさんの家屋が倒壊したままなのです。電気が通っても、水道の本管が復旧しても、『帰る家』がありません。地元の方々の声を聞けば聞くほど、まだまだ多くの支援が必要であると感じています。私個人が出来ることは本当に少なく、たくさんの方にお心を寄せていただくことが大切であると感じております。どうか、能登を、出来れば輪島市町野町をお願い致します。」

近年の大規模災害では、SNSをはじめとしたネット発信が、多くの人や行政を動かすことがありました。藤本さんの地元・輪島市町野町の住民の多くは高齢者。SNSを駆使できる人は限られています。壊滅的な打撃を受けた町野町の現状を藤本さんは遠く離れた東京から地道に発信し続けています。