危機管理の大切さを学んだ阪神・淡路大震災での緊急対応

―――いままで取り組んだ仕事の中で一番のピンチは?
私自身が一番大変だったのは阪神・淡路大震災の時です。朝起きてテレビを見ていましたら、関西で地震が起きたことは分かったんですけども、大阪の本店や支店に電話をしてもほとんど通じない状態でした。「これは大変なことになっている」ということで、安否確認のために社員の自宅に電話をしようとなりました。地図を横に置いて地域ごとに担当を分けて、電話を東京からかけることをしたんです。
死亡者リストを見ていると「同じ名前の社員がいる」というのを見つけたケースがあって、その時は非常に残念でなりませんでした。3日が過ぎてもまだ100人以上は安否確認をできていませんでしたし、逆に電話が通じた方々の様子を聞いて、例えば自宅では危ないのでどこかに避難したいという方には、我々の社宅を案内してということもしていました。
―――災害時はマニュアルがあったのですか?
当時、マニュアルは何もなかったですね。危機の時とか大変な時は、その場で判断できることがとても大事だということを学びました。それからは、どう対処するかを前もって考えておく癖がつきました。阪神・淡路大震災をきっかけに私自身、前もって考えておく行動の仕方になったのは、いまの私にとってはプラスに寄与していると思います。














