「いつ死んでもおかしくない」と感じたロサンゼルス駐在員時代

―――一番の大きな転機はいつですか?
 20代の後半5年間、米国ロサンゼルスに駐在していました。当時のロサンゼルスは治安が悪くて、銃声が聞こえたり大きな暴動があったり、地震があって私が毎日車を運転していたサンタモニカフリーウェイが落っこちたり、色々なことがあって「いつ死んでもおかしくないな」とか思っていました。でも「大好きなロサンゼルスで死ねたら幸せだな」と思うと同時に、駐在員は電話1本でいつ東京に戻れと言われるかわからないので、「きょう1日を一生と思って一生懸命生きよう」と思うようになりまして、「一日一生」が座右の銘になりました。その原点はロサンゼルスにありますね。

―――大変な時期の赴任だったんですね。
 ダウンタウンにオフィスがありまして、私はサンタモニカに住んでいたので、夕方にサンタモニカフリーウェイをお気に入りのFMを聞きながら車を走らせると、真っ赤な大きな夕日が沈んでいくんですよ。それを見ながらなんだか涙が出てきましてね。「この美しい夕日をあと何度見られるかな」なんて。20代の後半に東京にいたら、昨日と同じ明日があるって普通に思っていたかもしれない。でも、ロサンゼルスで生活することで「きょうという1日を本当にかけがえのないものに」という思いがすごく強くなりました。