東日本大震災の津波で被災し現在は宮城県が所有し管理している南三陸町の防災対策庁舎についてです。佐藤町長は1日、記者会見し、今年7月から所有を町に戻し、震災遺構として保存する意向を表明しました。
佐藤仁南三陸町長:
「未来を生きる世代にこの町が被災した事実・歴史を確かに伝えていくには、町において防災対策庁舎を所有し、維持管理していくことが必要であると考えたものであります」
南三陸町の佐藤仁町長は記者会見し、県が2031年まで所有し管理することになっている防災対策庁舎について、今年7月から町が所有を引き継ぎ震災遺構として保存する意向を表明しました。

防災対策庁舎は、東日本大震災の津波で町の職員ら43人が犠牲となりました。町は2013年にいったん解体を決めたものの、2015年、県が2031年まで所有し管理する提案を町が受け入れました。その後、建物の塗装などの補修をして町の震災復興祈念公園内で公開されています。
会見で、佐藤町長は町有化に対し、遺族も含め町民の理解が得られる状況になっているとしました。
佐藤仁南三陸町長:
「町有化に否定的だった遺族の方々も、いまその場所で一生懸命花植えとかしてもらっている現実があるので、当時と心境が変わってきている部分が多分にあるのかな」

これに対し、防対対策庁舎で義理の息子を亡くした女性は、町民の負担にならない形での保存を望んでいます。

防災対策庁舎で義理の息子を亡くした千葉みよ子さん:
「若者がこの町から出て行って、働き手もない大変な状況になっている時に、やっぱり防災対策庁舎だけではないので、町は。それ(町有化)について反対も賛成もないが、負担にならない形で残していって欲しい」














