シリーズ「現場から、」です。能登半島地震ではブランド牛の「能登牛」の生産にも大きな影響が出ています。廃業を余儀なくされた生産者、大切に育てた牛をこのまま死なせたくないという苦渋の決断でした。
次々とトラックに載せられていく牛たち。
石川県能登町の山間部で30年以上にわたり、能登牛など肉用牛の生産に携わってきた柳田肉用牛生産組合。地震により鉄骨造りの牛舎は波打ち、牧場へと続く道路も崩壊、車が通れず、牛の命をつなぐ大切な水が供給できなくなりました。
柳田肉用牛生産組合 駒寄正俊 組合長
「水が出ないで、起きてきてウォーターカップを潰したりしていた。それを見るたび、かわいそうだと涙出たけど、しかたない」
水の代わりに雪を与えるなど、駒寄さんは従業員と懸命に世話を続けてきましたが、発災から1か月ほどで4頭が命を落としました。
手塩にかけて育てた牛をこれ以上、死なせたくない。廃業は苦渋の決断でした。
ようやく車が通れるようになり、先月末から能登牛の出荷を再開。100頭以上いた牛舎には、この日、数頭を残すのみとなりました。
柳田肉用牛生産組合 駒寄正俊 組合長
「情けない。地震さえなければ、若い子に引き継いで、良い形で辞められたんだけど、こういう形で閉めるとは思っていなかった」
今年、駒寄さんから事業を引き継ぐはずだった卯木崇文さん。
卯木崇文さん
「寂しいですね。何かもうちょっとできることあればなとは思っていた。いろいろ、こうしようか、ああしようか考えることはあったんで、それは全部できなくなっちゃいましたね。(牛農家を辞めるのは)無念ですかね、残念ですね。何かどうしようもないですね、今の状況では。(Q.牛は好きですか)そうですね…」
牛を愛し、牛に生かされてきたと、これまでを振り返ります。
柳田肉用牛生産組合 駒寄正俊 組合長
「牛のいない牛舎なんて、本当に寂しいな」
今月6日、最後に残った6頭が2人のもとを離れました。
注目の記事
【災害担当記者が解説】「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表 私たちは何をすべき? きっかけは東日本大震災の2日前の地震だった

飲み会翌日は「先輩が立ったら立つ!?」暗黙ルールの数々…堅苦しい?必要不可欠?!ビジネスマナーに洗礼を受ける新入社員のホンネ

広島原爆の入市被爆者 70年後の体内からウラン検出 肺がん組織では「デスボール」確認 長崎大学研究グループ

【大繁殖】人口300人の島に300頭のイノシシ もともとは生息していなかったのになぜ?「泳いで来た」か…島民・行政で対策も数減らず 兵庫の離島で一体何が

重度の障がい「水頭症」6歳男の子が卒園式で語った“夢” 医師から「喋れるかわからない」と言われても、言葉を喋り、自らの足で歩き、兄の自覚も芽生え…1歩ずつ刻む成長の軌跡

「警察官になって町を守りたい」激しい揺れの中であげた産声…あの日から10年 熊本地震の翌日に生まれた女の子の成長












