(ブルームバーグ):世界の大手ヘッジファンドが、リターン向上と人件費抑制で新たな手法に注目し始めた。規模の小さい他社のポートフォリオマネジャーから投資アイデアを買う方法だ。
シタデルやポイント72・アセット・マネジメントなどの大手はこれまで、社内に抱える複数の運用チームにアルファ(市場平均を上回るリターン)を生み出させ、その体制を武器に業界を席巻してきた。このビジネスモデルの成功で、かつてない規模の資金を集められた一方、コストのかさむ人材獲得競争は避けられなかった。
そこでマルチストラテジー型の大手ヘッジファンド会社が目を向け始めたのが、外部の知見だ。ここはまだ十分に活用できていない。専門性が異例に高い、あるいは独立心旺盛で採用が難しい社外の運用担当者が発する「バイサイド・アルファ」のシグナルに対価を支払い、売買アイデアを取り込む。
大手ヘッジファンドは「10年前なら優秀な人材を採用することしか考えていなかったが、今では、その知見を借りることにも満足」している。ドイツの資産運用会社FERIのオルタナ投資責任者、マーカス・シュトール氏はそう指摘する。
事情に詳しい関係者によると、バリアズニー・アセット・マネジメントとミレニアム・マネジメントも、他のヘッジファンドから売買シグナルを取り入れることを検討している。
バリアズニーは社外の運用者が報酬と引き換えに投資アイデアを提供する仕組みについて、予備的な協議を進めた。非公開情報だとして、関係者が匿名で明らかにした。ミレニアムは、ヘッジファンドに投資するファンドを手掛けるオールド・ファーム・パートナーズを起用し、「アルファキャプチャー」プログラム向けにバイサイドの協力者探しを進めている。別の関係者が明かした。
バリアズニーとミレニアムの広報担当者はコメントを控えた。オールド・ファーム・パートナーズからは回答がなかった。
アルファ獲得で外部に依存する手法は過去にもたびたび、規制当局の精査対象となった。また、小規模運用会社は投資アイデアを有償で提供すれば、厳しい代償が待ち受けるリスクを抱えることになる。
それでも、この流れに加わる運用会社は少なくない。JPモルガン・チェースの調査によると、運用資産5億ドル(約810億円)未満のヘッジファンドの14%は、すでに取引アイデアを共有しているか共有した経験がある。1月に公表された127社を対象とする同調査では、半数がこうした取り組みの検討に前向きな姿勢を示した。
エーオン・インベストメンツの欧州・中東・アフリカ地域ファンド運用責任者、ガイ・セントフィート氏は「大手ヘッジファンドはますます巨大化している。使い道を探さなければならない潤沢な資金を抱えている」と指摘。一方で、「小規模ファンドは苦戦している。管理手数料を受け取らず成功報酬だけを得るセパレートリー・マネージド・アカウント(SMA)の運用が増えており、少しでも多くの収入源が必要だ」と述べた。
手書きノート
注目が集まっている手法の起源は1999年にさかのぼる。まだ小さかった英ヘッジファンドのマーシャル・ウェイスで、アンソニー・クレイク氏がイースター(復活祭)休暇中のインターンをしていたころの話だ。
クレイク氏の記憶によれば、ポール・マーシャル氏とイアン・ウェイス氏が共同創業したマーシャル・ウェイスの従業員はわずか5人だった。マーシャル氏は紙に銘柄コードを書き込み、ウェイス氏は電話で証券会社や取引先から集めた投資アイデアを手書きのノートに記録していたという。
当時19歳だったクレイク氏は、外部から投資アイデアを集め、それを収益性の高い売買シグナルに変換するシステムの開発に着手した。同氏はこれを「アルファキャプチャー」と名付けた。
この仕組みは2つの原則に基づき機能する。1つは、優秀なトレーダーやアナリストの考えを把握できれば、彼らを雇う必要はなくなる点だ。もう1つは、そのデータを処理する必要があることだ。集めたアイデアを集約し、偏りを取り除き、テクノロジーを活用して売買シグナルへと変換する。
クレイク氏は当時を振り返り、ウェイス氏から重要な教訓を学んだと話す。それは、多くの優秀な人材について採用するよりも「取引相手として付き合い、適切なインセンティブを与える方が良い」という考え方だ。
アルファキャプチャーは当初は株式向けだったが、今ではヘッジファンド戦略の広がりを反映し、さまざまな資産クラスに及んでいる。こうしたシグナルはしばしば、ファンドのクオンツ運用を担うアルゴリズムが利用する他のデータと組み合わされる。
もっとも、データの整理・分析にとどまらない複雑な側面もある。投資アイデアを外注するということは、それを提供してくる側の誠実性やコンプライアンスに少なくとも一部は依存せざるを得ないからだ。
アルファキャプチャーは長年、市場不正リスクを巡り規制当局の厳しい監視の目にさらされてきた。英国の市場規制当局は初期の段階から詳しく調査。2006年には記録が明確に残る仕組みであることなどを理由に、おおむね支持する姿勢を示した。ただ、インサイダー情報を巧妙に隠して利用される恐れは依然としてあると警告した。
広く普及
クレイク氏のシステムは、当初は1日に約100件の投資アイデアを手作業で集めていたが、現在ではウェブサイト経由で寄せられる数百万件のアイデアを追跡している。同氏が開発した「TOPS(Trade Optimized Portfolio System)」は2007年後半の運用開始以来、年率10.4%超のリターンを上げている。これはマルチストラテジー型ヘッジファンドの平均7.4%を上回る。ただ、ミレニアムやシタデルは運用開始以来、TOPSを上回る成績を収めている。
高収益の運用手法が1社だけのものにとどまることはまれだ。給与ではなく手数料を支払う形で外部の知見を活用するというクレイク氏の発想は、業界全体へと広がっている。
クレイク氏は「2つの世界は収れんしつつある」と語る。マルチストラテジー型ファンド各社は「当時の私や私の取り組みを全く知らなかった」が、「結果的に同じ場所へたどり着いたようなものだ」と述べた。
当初は投資銀行や証券会社などセルサイドの機関を対象としていたこの仕組みは、現在では他の機関投資家にも広がっている。その背景には、大手ヘッジファンドと、資金調達や収益確保に苦戦する小規模ファンドとの格差拡大がある。
株式運用に特化し、バイサイド・アルファキャプチャーを活用するセンターブック・パートナーズの共同創業者、デービッド・ステマーマン氏は、「投資資金がますます大手ファンドへ集中する中、バイサイドはこうしたプログラムへの参加に以前より前向きになっている」と語った。
クオンツ運用を源流とするツー・シグマ・インベストメンツ、スクエアポイントなども、他のファンドから投資アイデアを収集するプログラムを開始している。
事情に詳しい関係者によると、ケン・グリフィン氏率いるシタデルは、他の複数のヘッジファンドから売買アイデアを集めるプログラムの立ち上げを進めている。スティーブ・コーエン氏率いるポイント72も、この分野への参入を検討しているという。また、多くの大手マルチストラテジー型ファンド会社は、外部ヘッジファンドの運用を支えており、その規模は数十億ドル規模に達している。
法律事務所マクダーモット・ウィル&シュルテのパートナー、ケリー・コシュイスカ氏は「バイサイド向けプログラムは、特にここ半年で急速に普及している」と指摘。「アイデアを提供する側は、適切に運営される限り、自らが助言する他の顧客に不利益を与えないとの認識を持ち始めている」と述べた。
セルサイドの投資アイデアを中心に取り扱ってきたクレイク氏も、現在ではTOPSを拡大しバイサイドのシグナルを取り入れている。
「コカ・コーラのレシピ」
小規模ヘッジファンドには危険が伴うとみる向きもいる。大手が同じポジションに資金を振り向けたり、売買戦略を自前で再現したり、優秀な人材を引き抜いたりする恐れがあるためだ。
FERIのシュトール氏は、「マルチストラテジー型ファンドのアルファキャプチャーは、裏口からの人材引き抜きになり得る」と指摘。「3カ月間インターンとして働かせた上で、採用するかどうかを決めるようなものだ」と語った。
オーシャン・パーク・インベストメンツを率いるJ・デニス・ジャンジャック氏は、「アルファキャプチャーは洗練された仕組みに聞こえるが、平たく言えば『あなたの最良の投資アイデアや売買、投資行動を見せてほしい。それをあなた抜きで利用できるか試したい』ということだ」と指摘。「コカ・コーラは販売網と引き換えに原液レシピを渡したりはしない」と述べた。
JPモルガンの調査では回答者の約2割が、運用資産が一定規模に達した段階でアルファキャプチャー向けシグナルの提供をやめる考えを示した。
JPモルガンによると、アイデア提供者が受け取る報酬は年間1万ドルから75万ドル超まで幅がある。報酬体系は固定の参加報酬と、あらかじめ定めた指標に対する運用成績に応じた変動報酬を組み合わせるのが一般的だ。
資金提供を受けられる可能性も参加を促す要因だ。マルチストラテジー型ファンドは、こうしたプログラムを外部運用者の選考の場として利用できる。こうした大手ファンドからの資金は、多くの場合SMAを通じて提供され、新たなヘッジファンドの立ち上げや運用資産の拡大を支える主要な資金源となっている。
市場の変化を先取り
エーオン・インベストメンツのセントフィート氏は、バイサイド向けプログラムは個々の運用者だけでなく市場全体の動向を把握する上でも有効だと指摘。それによって、リターンを大きく押し上げる可能性があるという。
「本当に威力を発揮するのは、データから得られるシグナルと行動科学を組み合わせるところだ。高度なモデルは、新たなアイデアだけでなく、市場の心理やポジションの偏りについてもリアルタイムの情報を抽出できる。市場パフォーマンスに表れる前に、変化の兆しを把握できる」と述べた。
アルファキャプチャーは、人件費を抑えながら優秀な人材へのアクセスを確保するというマルチストラテジー型ファンドが直面する課題への対応策になっている。
2024年の調査によると、こうしたファンドは運用益1ドル当たり約60セントを手数料として投資家から受け取る。その手数料が、給与や契約一時金、有給の長期休暇制度、最大1億2000万ドルに達する報酬など、急騰する人件費を賄っている。
アルファキャプチャーは、より効率的な運営モデルを可能にする。クレイク氏はTOPSで約620億ドルを約350人で運用し、マーシャル・ウェイスは約950億ドルを約750人で運用する。一方、約920億ドルを運用するミレニアムは6800人超を雇用している。
人材の激しい入れ替わりで悪名高いヘッジファンド業界だが、外部の能力を活用するマーシャル・ウェイスは、それをある程度回避できている。従業員の定着は、ロンドン本社のロビーに床から天井まで届くガラスケースに飾られた社員の写真に表れている。離職率の高い巨大マルチストラテジー型ファンドでは、簡単にはまねできない展示の仕方だ。
クレイク氏は「人件費が急速に上昇する時代において、TOPSには優位性がある」と述べた。
もっとも、マーシャル・ウェイスも人材獲得競争と無縁ではない。同社は昨年、TOPSの顧客に対し、人件費の上昇を反映した新たな手数料を導入すると通知した。
原題:Hedge Fund Giants Are Snapping Up Smaller Rivals’ Trade Ideas(抜粋)
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