イラン情勢の悪化は“TAGO”の動き

7月8日の米国株式市場は、イラン情勢の悪化によって原油価格が上昇し、個人消費など米経済への懸念が広がった。

この日、米国とイランの攻撃の応酬が続く中で、トランプ大統領はイランとの覚書に基づく停戦は「終わった」(読売新聞)とし、「多くの時間を無駄にしている。これ以上彼らとはディール(取引)したくない。病んでいる」(同)と述べた。
トランプ大統領は本格的な戦闘が「再び始まることはないと思う」(産経新聞)とも述べたが、緊張感が高まった。WTI原油先物価格は前日比+4.4%と、まとまった幅で上昇し、73.52ドルとなった。

トランプ大統領が強気に出ることができている主因は、原油価格が下落し、インフレ懸念が落ち着いてきたからだろう。インフレに対する批判が弱ければ、相対的に強い大統領をアピールするインセンティブが増し、強気な発言が出やすいとみられる。この傾向は、“Trump Always Gets Overconfident”(トランプはいつも自信過剰になる、TAGO)と言えそうである。トランプ大統領の特徴を表す言葉として、“Trump Always Chickens Out”(トランプはいつも尻込みして退く、TACO)という表現はすっかり定着してきたが、市場や世論がTACOを先読みする場合、おそらくひどいことにはならないという楽観論が台頭し、トランプ大統領には余裕が生まれる(結果的にTACOの必要がなくなる)。その余裕がトランプ大統領の自信につながり、結局は強気化してTAGOの状況になると考えられる。そもそも、イラン情勢の混迷状態が当初の指摘より長期化した背景には、TACOとTAGOを繰り返す中で方向感が出にくくなった面がある。
今回、トランプ大統領が停戦破棄を懸念させる発言を行ったことで、TAGOのフェーズに入った。しかし、懸念が広がればまたTACOのフェーズが始まる可能性が高い。徐々に市場の反応は小さくなっていくだろう。

なお、このTAGOという言い回しは、筆者が状況を説明した上で生成AIが考えたものである。“First comes TACO, then comes TAGO.”という例文とともに、TACO→TAGO と母音・子音がほぼ同じで、投資家の新しいミームとして広まりやすいと指摘していた。

市場では、このところ堅調だったダウ平均がまとまった幅で下落した一方、ナスダック指数は小幅に反発した。SOX指数も上昇しており、地政学リスクや景気悪化懸念に対してAI関連株が逃避先になりやすい傾向が続いていることが明らかとなった。株式市場にとっては、この動きが確認されたことが重要だろう。この日がそうだったように、これまで①インフレ懸念によって債券が買いにくい状況になり、②景気悪化懸念によって景気敏感株が買いにくい状況になったことでAI関連株への一極集中が生じた。今後、AI関連株の動向を占う上では、①と②がどうなっていくのかが重要である。

原油高でもBEIは安定的

7月8日の米国債券市場では、イラン情勢の悪化懸念と原油価格の上昇により、FRBの利上げ観測が高まった。

長期金利は前日比+2.8bp、2年金利は同+3.3bpとなった。10年実質金利は同+2.5bp、10年BEIは同+0.6bpだった。FF金利先物市場では、26年中の利上げ回数の織り込みが約1.53回となり、前日の約1.37回から増加した。長期金利は4.5%を超える推移となっているが、インフレ予想(BEI)は安定しているため、市場は比較的落ち着いていると言える。インフレ懸念を高めるような事象があっても、FRBがタカ派姿勢を示しているため、長期のインフレ懸念にはつながりにくい。

FOMC議事要旨では、AI需要によるインフレ懸念が指摘された

FRBは6月16-17日に実施されたFOMCの議事要旨を公表した。

ウォーシュ議長の就任後初のFOMCでは、政策金利が維持されたものの、ドットチャートでは半数のメンバーが26年中の利上げを予想した。フォワードガイダンスの文章が削除されるなど、声明文が簡素化され、コミュニケーションの変化もあった。今回公表された議事要旨によると、原油高の影響だけでなくAI関連需要の高まりによってインフレ率の上振れを懸念する声が多かったことが特徴的だった。
「参加者(Participants)は一般に、会合間期間中に受け取った情報は、物価安定に対する上方リスクが依然高い一方で、最大雇用達成に対する下方リスクはやや和らいだことを示していると評価した」「少数の参加者(A few participants)は、こうした展開を踏まえると、FF金利目標レンジを引き上げる論拠があるとコメントした」(筆者訳。以下同)とされ、短期的なタカ派姿勢の強さがうかがえる内容だった。現在の金利水準については「数人の参加者(Several participants)は、現在の政策スタンスを引き締め的とはみていないと述べた」「一方、別の少数の参加者(a few other participants)は、現在の政策スタンスはやや引き締め的であるとみていると述べた」とされた。

なお、注目されたFRBのコミュニケーションのあり方については、(少なくとも議事要旨の中では)あまり活発な議論はなかった。「参加者の多数(A majority of participants)は、声明文を短縮することに利点があると述べた」とされたものの、議論は限定的だった。議事要旨においても、FRBのスタンスを開示し過ぎないようにする方針なのかもしれない。

物価動向については、「参加者は総じて、インフレ率はさらに上昇し、委員会の2%の長期目標を大きく上回った状態が続いていると指摘した」とされた上で、インフレを押し上げている要因として「関税の残存効果、ホルムズ海峡閉鎖に関連したサプライチェーンの混乱、および力強いAI関連投資から生じる一部の財・サービス需要の強さ」が挙げられた。
今後についても、「多くの参加者(Many participants)は、高止まりした商品価格および供給混乱が現在想定されているより長く続く可能性を指摘した」「多くの参加者(Many participants)は、AIインフラに対する継続的な強い需要が、技術製品および電力価格への上向き圧力を維持する可能性が高いと指摘した」とされ、短期的なインフレ懸念は強いことが分かった。

もっとも、長期的なインフレ基調と関連するサービスについては「数人の参加者(Several participants)は、住宅を除くサービス価格インフレ率はほとんど低下しておらず、依然として高いと述べた」とされ、インフレ懸念を指摘したメンバーは数人(several)にとどまっていた。

また、「参加者の多数(The majority of participants)は、中期および長期のインフレ期待の大部分の指標は依然として委員会の2%目標と整合的な水準にあるとコメントした」とされた。その結果、「参加者(Participants)は、インフレ率は短期的には高止まりし、その後、関税やエネルギー価格上昇の効果が弱まり、ホルムズ海峡閉鎖に関連したその他の供給混乱も和らぐにつれて低下し始めると予想した」とされた。

企業の価格転嫁の見通しについては、「一部の参加者(Some participants)は、企業調査で報告された投入コストの急上昇は、エネルギーおよび商品コスト上昇が最終財価格へより広範に転嫁される可能性に関する懸念を高めたと述べた」とされた一方、「しかし数人の参加者(Several participants)は、自らの地区の企業は価格引き上げについて慎重であったと指摘した」とされた。「一部の参加者(Some participants)は、AI導入に伴う生産性向上は最終的に生産コストを低下させ総供給を増加させるため、インフレ率に下押し圧力を加えるはずであると述べた」という意見もあり、少数派にとどまっているものの、中長期的なインフレの下振れも意識されている。

労働市場については、「参加者(Participants)は一般に、雇用増加は今年強まり、潜在的な労働力増加とおおむね整合的であると述べた」とされ、議論はあまり活発化していなかった。「しかし数人の参加者(Several participants)は、就職率および仕事の利用可能性に関する一部の調査指標の低下は、活力が比較的乏しい労働市場を反映していると指摘した」という意見はあったが、直近の雇用統計で注目された労働参加率の低下といった問題については、6月FOMC時点ではあまり議論がなかったようである。

経済については、「一部の参加者(Some participants)は、それらの投資が今後数年間に生産性および潜在産出量の成長を高める可能性が高いと示唆した。
しかし彼らは、生産性向上の時期および規模の双方について、依然として相当な不確実性が残っていると述べた。また、それらの効果は、AI導入が需要を押し上げる現在の効果に遅れて現れると予想された」とされた。AIによる生産性向上がディスインフレ的であるという見方はあるものの、当面はAI需要の増加がインフレ率を押し上げる効果が支配的であり、ディスインフレを懸念するのは尚早だということだろう。「一部の参加者(Some participants)は、広範な金融環境が需要を支えていると指摘した」という意見もあり、株高が需要を刺激しているというパスも注目されている。

(※情報提供、記事執筆:大和証券 チーフエコノミスト 末廣徹)