・最低賃金1500円引き上げは、エッセンシャルワーカー等の職業に影響。
・低賃金層は女性が多く、リスキリング等による環境整備が必要である。
・確実な所得向上には「年収の壁」対策など関連制度の一体改革が必須。
はじめに
近年、最低賃金の高い引き上げが続いている。2025年の引き上げ率は6.3%となり、最低賃金を全国で時給換算で示すようになった2002年以降、過去最高を更新した。最低賃金は、従来は低賃金労働者の生活を支えるセーフティーネットとして位置付けられてきたが、近年は賃上げを促す経済政策としての役割も強まっている。実際、最低賃金の引上げに伴い、改定後の最低賃金額を下回ることとなる労働者の割合(影響率)は年々上昇しており、その影響は着実に広がっている。
政府は「全国平均1,500円」という目標を掲げており、その実現に向けて最低賃金は今後も継続的に引き上げが続く可能性が高い。しかし、最低賃金引き上げの議論では、中小企業への影響や地方経済への影響が注目される一方で、どの職業が最も大きな影響を受けるのかという視点からの分析は多くない。
厚生労働省によると、現状では、地域別最低賃金の1.1倍未満の所定内給与額で働いている「最賃近傍雇用者」のうち74.4%は、1日の所定労働時間が一般の労働者より短いか、1週間の所定労働日数が一般の労働者より少ない「短時間労働者」である。そこで本稿では、厚生労働省「賃金構造基本統計調査(賃金センサス)」を用い、短時間労働者の職業別の「1時間当たり所定内給与額」を比較することにより、政府目標である最低賃金1,500円が実現した場合に、影響を受ける可能性が高い職業を明らかにする。また、それらの職業の女性割合にも着目し、最低賃金引上げが女性の所得向上に果たす役割と、その一方でなお残る課題について考察する。

1時間当たり所定内給与が高い職業ランキング
本稿が分析対象とする「短時間労働者」は、パートタイムや短時間勤務などで働く正社員・正職員らである。比較に用いる賃金センサスの「1時間当たり所定内給与額」には、通勤手当や家族手当などが含まれるため、最低賃金法が対象とする賃金とは完全には一致しないものの、職業間の水準を比較する指標としては有用である。
最も時給が高かったのは「医師」で1万2,757円となり、2位以下に大きく差をつけた。2位は「航空機操縦士」でやはり1万円超だったが、労働者数が少なく、サンプル数が少ないためにデータにブレがある可能性がある。大学教授、歯科医師、大学講師・助教、法務従事者、高等学校教員なども上位に並び、上位30職業のうち23職業は職業区分(大分類)が「技術的・専門的職業従事者」のもので占められた。
これらの職業に共通するのは、高度な専門知識や資格を必要とする点である。医師や歯科医師などは国家資格が必要であり、大学教員や研究者も研究蓄積が求められる。専門性の習得に長い期間と人的投資を要することから、短時間勤務であっても時間当たり賃金は高い水準に設定されていると考えられる。
一方、「航空機操縦士」「鉄道運転従事者」「建設・さく井機械運転従事者」など、職業区分(大分類)が「輸送・機械運転従事者」に分類される職業も四つが上位30位に入った。これらの職業は専門的な技能や資格に加えて、人材確保の難しさなども賃金水準を押し上げる要因になっていると考えられる。
女性割合に着目すると、特に水準が高い上位5職業のうち女性が過半数を占めたのは「航空機操縦士」のみだった。一方、上位30職業まで広げると、「航空機客室乗務員」「助産師」「薬剤師」「保険営業職業従事者」など、女性割合が高い専門職も含まれている。高い専門性や資格が求められる職業では、短時間労働であっても高い時給が実現していることがうかがえる。

1時間当たり所定内給与が低い職業ランキング
次に、短時間労働者の「1時間当たり所定内給与額」が政府目標の1,500円未満だった職業を、金額の低い順に見ていく。該当は145職業のうち63職業(43.4%)だった。最低賃金は都道府県によって異なるが、2025年は全国加重平均で1,121円であり、1時間当たり所定内給与額には通勤手当なども含まれることを考えれば、ワースト1位の「クリーニング職,洗張職」(1,138円)やワースト2位の「紡織・衣服・繊維製品製造従事者」(1,143円)などの時給は、ほぼ最低賃金に張り付いていると考えられる。今後、政府が掲げる「全国平均1,500円」という目標が実現した場合、これらの職業では賃金水準が見直される可能性が高い。もちろん、実際には企業や地域によって賃金は異なるため、これらの職業に従事する人が一律に影響を受けるわけではないが、職業間の相対的な影響の大きさを把握する上では、有用な目安となる。
3位の「ダム・トンネル掘削従事者,採掘従事者」は推定される労働者数が少なく、サンプル数が少ない可能性がある。4位以降は「包装従事者」「食料品・飲料・たばこ製造従事者」「木・紙製品製造従事者」などが続いた。また、「保育士」「介護職員」「看護助手」など、人々の生活を支えるエッセンシャルワーカーも1,500円未満の中に複数、含まれていた。これらの職業は社会的な必要性が高い一方で、必ずしも高い賃金水準となっていない現状が改めて確認された。
職業分類(大分類)別にみると、63職業のうち最も多かったのは「生産工程従事者」で21職業、次いで「サービス職業従事者」が11職業となった。製造現場やサービス現場では、人手不足が続いているにもかかわらず、賃金に十分反映されていないことが分かる。このため、最低賃金の引上げが賃金決定に与える影響は、他の職業よりも大きくなる可能性がある。
一方、女性割合に着目すると、ワースト5位のうち四つの職業で女性割合が8割以上であり、他にも「保育士」「介護職員」「看護助手」「販売店員」「飲食物調理従事者」など、女性割合が高い職業が数多く含まれていた。厚生労働省によると、地域別最低賃金の1.1倍未満の所定内給与額で働く「最賃近傍雇用者」の67.7%は女性であり、本稿の分析結果も、最低賃金引上げの恩恵を受ける人の多くが女性であることを裏付けるものと言える。
もっとも、この結果は別の側面も示している。すなわち、最低賃金引き上げは女性の所得を底上げする効果が期待される一方で、女性が依然として低賃金職業に多く従事している現状を示している。言い換えれば、仮に将来、最低賃金が1,500円へ引き上げられたとしても、女性が低賃金職業に偏っているという就業構造そのものが変わるわけではない。男女間賃金格差の縮小を図るためには、最低賃金の引上げと併せて、女性がより高い付加価値を生み出す職業や専門職へ就業しやすい環境を整備していくことも重要だろう。

終わりに
本稿では、賃金構造基本統計調査を用いて、短時間労働者の職業別の1時間当たり所定内給与額を比較し、政府が目標とする「最低賃金1,500円」が実現した場合に、どの職業が大きな影響を受ける可能性があるのかを整理した。
その結果、時給1,500円未満の職業には、生産工程従事者やサービス職業従事者が多く含まれたほか、保育士、介護職員、看護助手、販売店員、飲食物調理従事者など、女性割合の高い職業が数多くみられた。一方、医師や薬剤師、大学教員など、高度な専門性や資格を要する職業では、短時間勤務であっても、最低賃金を大幅に上回る高い時給水準が維持されていた。これらの結果は、職業によって最低賃金引き上げの影響が大きく異なることを示している。
厚生労働省によると、地域別最低賃金の1.1倍未満の所定内給与額で働く「最賃近傍雇用者」の約3分の2(67.7%)は女性であり、その多くは短時間労働者である。最低賃金の引上げは、こうした女性の所得を底上げすることが期待される。
しかし、本稿の分析からは、女性割合の高い職業の多くが依然として時給1,500円未満に位置していることも明らかになった。最低賃金の引上げは賃金水準を改善する効果が期待される一方で、女性が低賃金職業に偏っているという就業構造そのものを変えるものではない。男女間賃金格差を縮小し、女性の所得向上を持続的なものとするためには、最低賃金の引上げに加え、女性が賃金水準の高い職業や専門性の高い職業へ就業しやすい環境整備、リスキリングやキャリア形成支援を進めていくことも重要である。
また、最低賃金の引上げ効果を十分に発揮するためには、いわゆる「年収の壁」による就業調整が生じにくい制度設計も欠かせない。最低賃金が引き上げられても、就業時間を抑える行動が続けば、労働者の所得増加や人手不足の緩和につながりにくいからである。最低賃金政策は、賃金政策であると同時に、女性活躍、人手不足対策、さらには経済成長にも関わる政策として、関連する制度改革と一体的に進めていくことが求められる。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子 )