日記に綴っていた苦しみ「昼までは死にたかった」

優貴さんが当時つけていた日記からは、心身ともにギリギリの状態だったことがうかがえます。
優貴さんの日記
「昼までは死にたかったけど、週報作ってたら死ぬ気なくなった」
「今日はpositiveになったかな?」
「日曜の休日出勤をクリアし、生きのびることができた」
母・直美さん
「最後のLINEのときに、急に『富山の皆さんは元気ですか』と。なんでこっちの心配をしてるのか」
「『5月末に(日本に)帰ってくるんだよね?』とクエスチョンで返したんですけど、その後返信はなくて」

2021年の4月末、優貴さんは発電プラントから転落死。
後に現場の防犯カメラの映像に、優貴さんが自ら手すりを乗り越えて飛び降りる様子が映っていることが判明しました。
日記の最後にも、痛切な思いの丈が綴られています。

優貴さんの日記
「父親に感謝を伝える」
「今、オレは仕事がぜんぜんできなくて、毎日おこられてばかりで、とてもつらい」
「働くことはめっちゃつらいし、つらいなかで続けて、家族を守ることはとても大変だと感じたわ」
「今になって父の子で良かったと思う」
未来ある若手社員の自死。しかし、会社側の対応が遺族の悲しみに追い打ちをかけます。